第16話:デス・バレーの換気扇、あるいは腐敗龍の『油汚れ』を落とす日
アメリカ、デス・バレー。
そこはかつて国立公園だった場所だが、今はドス黒い魔素の霧が渦巻き、視界は数メートル先も見えない。
「……ひどいな。十年間放置した焼肉屋のダクトの中みたいだ」
俺が鼻をつまんでいると、隣に立つエレンが、キリッとした表情でタブレットを閉じた。
「……総帥。先遣隊の報告によれば、この霧の発生源は中央の火口付近。そこに潜む『腐敗龍』が、数千年分の澱みを吐き出し続けています」
「……え、今なんて呼んだ? 先輩じゃなかったっけ?」
俺が聞き返すと、エレンは少し頬を赤らめながらも、凛とした声で続けた。
「……いつまでも甘えてはいられません。ここは世界清掃機構の本陣。私は貴方の副官として、そして一人の掃除人として、貴方を**『総帥』**とお呼びし、その背中を支える決意をしました」
「……いや、呼びにくいから普通でいいんだけど」
「ダメです。……さあ、総帥。指示を。アメリカランク2位のギルドも、貴方の初手を見守っています」
背後では、アイアン・ビル団長たちが「総帥の初手……! 一体どんな神聖魔法が飛び出すんだ……!」と固唾を呑んでいる。
俺はため息をつき、愛用のモップを肩に担いだ。
「指示も何も……。あんなにベタついてる龍、放っておけるわけないだろ。シブキ、散布の準備」
『はい、マスター。超広域・高圧洗浄用マジックリン(神水配合)、充填完了いたしました』
シブキが空中に無数の「魔法のノズル」を展開する。
グォォォォォンッ!!
霧の向こうから、山のような巨体を持った龍が姿を現した。
その鱗はドロドロの油状の魔素で覆われ、一息吐くごとに周囲の岩が腐食していく。
だが、俺の目にはそれが「巨大な汚れの塊」にしか見えなかった。
「ムサシ、露払いを頼む。エレン……いや、エレン副総帥。君は周囲の二次汚染を防げ」
「「了解!!」」
ムサシが「掃除の邪魔だ、ゴミめ!」と叫びながら、龍の周囲に群がる雑魚モンスターを秒殺していく。
エレンが聖域魔法を展開し、飛び散る汚水を防ぐ。
そして、俺は龍の目の前で、地面を蹴った。
「……お前さ。たまには風呂入れよ。……『一掃』!!」
モップを横一文字に振る。
ただの掃除の動作。だが、そこには十年の「拭き取りの真理」が乗っている。
シュパァァァァンッ!!
衝撃波ではない。
空気が「洗われた」のだ。
龍のブレス(汚物)が空中で一瞬にして石鹸の泡のように弾け、爽やかなシトラスの香りに変わる。
さらに、俺のモップの先が龍の額を捉えた瞬間――。
『ギ、ギイィィィィッ!?(なにこれ、サッパリするぅぅぅ!?)』
腐敗龍を覆っていた数千年の「油汚れ(呪い)」が、ベリベリと音を立てて剥がれ落ちた。
中から現れたのは、本来の姿である、白銀に輝く美しい古龍の鱗だった。
「……よし。中性洗剤二本分で足りたな」
着地した俺の背後で、デス・バレーの空が、十年ぶりに突き抜けるような青空へと戻っていった。
「……オーマイゴッド。殺したんじゃない……『洗浄』したというのか……?」
アイアン・ビルが腰を抜かして座り込む。
つぶやいたーの反応:
『【伝説】掃除神、アメリカのSSS級ボスを「丸洗い」して更生させる』
『腐敗龍改め、ピカピカ龍誕生www』
『「総帥」って呼び始めたエレン様、かっこいいけど目がハートになってるぞ』
「……総帥。お疲れ様でした。……お茶(特製カテキン入り)が入っていますよ」
エレンが差し出してきた水筒を受け取りながら、俺は思った。
総帥なんて呼ばれると、なんだか掃除のハードルが上がりそうで嫌だな……と。
第16話をお読みいただき、ありがとうございます!
エレンの呼び方が「総帥」に変わり、チームのプロフェッショナル感(?)が増しました。
龍を倒すのではなく「洗う」。これぞ佐藤カズマの真骨頂です。
次回、第17話。
「更生した銀龍、カズマの『お抱え移動手段』になりたがる!?」
「総帥呼び、エレンの覚悟を感じる」「龍のビフォーアフターが劇的すぎるw」と思った方は、
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