第14話:回想、あるいは「なぜ俺のモップは世界を救ってしまったのか」
プライベートジェットのふかふかなシート。
窓の外には、さっき俺が「はたきがけ」したせいで、不自然なほど真っ青な空が広がっている。
……正直、今の状況には困惑しかない。
(……なんで、こうなった?)
一ヶ月前まで、俺は築四十年のアパートで、結露した窓のパッキンをカビキラーで攻めるのが日課の、しがない清掃員だった。
それが今や、世界ランク1位の剣聖をアゴで使い、元聖女を秘書にし、ダンジョンの意志を家政婦にしてアメリカに向かっている。
改めて、自分の十年間を振り返ってみる。
十年前。探索者としての才能がゼロだと判定されたあの日。
俺は絶望する代わりに、「せめてこの汚いダンジョンの入り口くらい、綺麗にしてやるか」とホウキを握った。
それから三千六百五十日。
俺は、戦いのことなんて一度も考えなかった。
スライムが現れれば「あー、また床をヌメらせて。中性洗剤で中和しなきゃ」とモップを振った。
魔王の呪い(瘴気)が漂えば「換気が悪いな。消臭スプレー撒いとくか」と一吹きした。
振り返ってみれば、俺は十年間、掃除のことしか考えていなかった。
誰も見向きもしない、魔素の「こびりつき」。
それを剥がすために、独自のフォーム(足運び)を編み出した。
頑固な呪い(シミ)を落とすために、全力で腕(一撃)を振り抜いた。
それが、世間一般では「伝説の歩法」だの「神をも屠る一撃」だの呼ばれているらしい。
……心外だ。俺はただ、ピカピカにしたいだけなんだ。
「……まぁ、いいか」
住む場所は勝手に超高層ビルになった。
お金は、一生かかっても使い切れない額が口座に入っているらしい。
ガラケーは変な二つ折りのハイテク機になったけど、ボタンの感触はいい。
生活に困らなくなったのなら、あとの望みは一つだけだ。
「……汚いもの、汚れ。それだけは、絶対に許せん」
視線を落とすと、プライベートジェットの黄金のテーブルに、微かな「指紋」が残っていた。
エレンさんが触った跡だろうか。
「……シブキ。除菌ウェットティッシュ」
『はい、佐藤様。こちらに。……素晴らしい。その妥協なき眼差し、まさに神の領域です』
シブキがうっとりした顔で差し出してきたシートで、俺は丁寧に指紋を拭き取る。
よし、輝きが戻った。
「先輩、そろそろ着陸態勢に入ります! 下を見てください、アメリカですよ!」
エレンの声に促されて窓の外を見る。
そこには、かつての自由の国――今は、ドス黒い魔素の霧に包まれた「デス・バレー」の異様な光景が広がっていた。
まるで、十年放置された換気扇のフィルターみたいな色だ。
「……うわぁ、汚ねぇ」
俺の心に、久々に火がついた。
これだけ広い「汚れ」を、思う存分磨ける。
「エレンさん。軍手の替え、多めに持ってきた?」
「ええ、業務用を一箱積んであります!」
「よし。……徹底的に、殺菌してやる」
――こうして、世界最強の清掃員(自覚なし)が、アメリカの大地を踏もうとしていた。
第14話をお読みいただき、ありがとうございます!
佐藤カズマの「強さの源泉」は、単なる修行ではなく「掃除への異常な愛情(と潔癖症)」でした。
彼にとって世界平和は「掃除のついで」に過ぎない……というスタンスが、ここからさらに加速します。
次回、第15話。
「アメリカ上陸! 空港の自動ドアの指紋が気になって、入国審査が進まない!?」
「カズマさんの動機がシンプルで好き」「10年の重みが掃除に詰まってるw」と思った方は、
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