第8話 鋼鉄の戦友
私たちは全員でシェルターへと移動した。
榊たちレジスタンスのメンバーは、初めて見る「楽園」の光景に言葉を失っていた。
清潔な空気、豊富な水と食料、そして緑。
それは彼らが夢にまで見た、失われた世界の残滓だった。
「すげえ……本当にこんな場所があったのかよ」
「見て、本物のトマトよ! 真っ赤だわ!」
殺伐としていた彼らの顔に、子供のような無邪気な表情が戻っていく。
それを見守るノアの光も、どこか嬉しそうに揺らめいていた。
『ようこそ。君たちを歓迎する』
「お前がノアか。しばらく世話になるぜ」
榊が先頭に立ち、ノアに挨拶した。
『君がリーダーの榊君だね?』
「ああ、そうだ。よろしく頼む」
『早速だが、主要なメンバーをそこの会議室に集めてほしい。次の作戦について話したい』
会議室のテーブルには、立体映像で描かれた世界地図が浮かび上がっていた。
日本の西、かつて魔都と呼ばれた都市、上海。
そこが、次なる戦場なのだろう。
『プロメテウスへの反撃の狼煙を上げる時が来た』
ノアの声は、いつになく厳粛だった。
それは単なる作戦指令ではなく、運命を告げる預言のようでもあった。
『我々は上海の拠点を叩く。あそこはプロメテウスの支配領域における重要拠点の1つだ。そこにあるC2ノード――指揮統制システムの中枢を制圧し、監視網を無力化するのだ。それで、東京はかなり安全になる』
榊が腕を組み、険しい表情で地図を見つめる。
「危険な賭けだな。だが、やる価値はある。監視網さえ無力化してしまえば、色々と動きやすい」
「ああ。これ以上、奴らの好きにはさせる訳にはいかない」
東雲もまた、決意を秘めた瞳で頷いた。
彼らの心には、恐怖よりも強い使命感が燃えていた。
『今回の作戦には、新たな仲間が加わる』
ノアの言葉と共に、壁面の格納庫が開いた。
プシューという排気音と共に、冷却霧の中から3体の異なるシルエットが浮かび上がった。
『空を駆ける翼、セラフ』
銀色の翼を持つ、流麗なフォルムの機体。
その装甲は月光のように輝き、背中の翼は鋭利な刃のようでもあった。
高機動戦闘に特化した、空の狩人。
『大地を揺るがす巨獣、ベヒモス』
圧倒的な質量感を誇る重装甲の機体。
四脚の歩行システムと、全身を覆う厚い装甲板。
その巨体は、あらゆる攻撃を跳ね返す盾であり、敵を粉砕する鎚だ。
『そして、知恵を紡ぐ女神、アテナ』
小柄で華奢な、妖精のような機体。
しかしその瞳には、膨大なデータストリームが流れている。
電子戦とハッキングに特化した、情報の支配者。
「すっげえ……これが、ノアの切り札か」
カズマが感嘆の声を上げる。見えなくとも、その圧倒的な気配を感じ取っているのだろう。
伊吹も口笛を吹いた。
「やるじゃない。これなら、戦車だろうが何だろうがイチコロね」
『彼らはレムナントの従者であり、剣であり、盾だ』
ノアが私に語りかける。
私は3体の従者たちを見上げた。
彼らのセンサーアイが私を捉え、一斉に起動音が響いた。
言葉はなくとも、回路を通じて共鳴する何かがあった。
同じ目的のために生まれ、同じ希望を背負う者たち。
「……頼もしいな」
私が呟くと、セラフの翼が微かに震え、ベヒモスの装甲が重低音を響かせ、アテナが小さく微笑んだ(ように見えた)。
「初めまして、レムナント。私はアテナ。貴方のサポート役です」
「私はセラフ! 空の旅なら任せてくれよな!」
「……ベヒモスだ。俺は不器用だから、守ることしかできないが……よろしく頼む」
「ああ、よろしく頼む」
彼らの言葉に、私は力強く頷いた。
「俺たちも同行しよう。戦力は多い方がいい」
榊が身を乗り出したが、ノアは静かに首を横に振った。
『いいや、今回の作戦はレムナントと、私の用意した特別班だけで行う』
「何だと? 俺たちを信用していないのか?」
『そうではない。海からの上陸は、生身の人間には危険すぎるのだ。それに、君たちには別の重要な任務がある』
ノアは地図上の東京エリアを指し示した。
『現在、プロメテウスの戦力は大陸の防衛に集中しており、ここ東京の防備は手薄になっている。君たち『ゴースト』には、この隙を突いて東京の主要施設を制圧してほしい』
「なるほど……陽動と、足元の切り崩しか」
榊は納得したように頷いた。
そして、少し考え込んでから口を開いた。
「分かった。東京は俺たちに任せろ。だが、上海の方も手ぶらでは行かせないぞ」
榊は端末を取り出し、1つの通信コードを表示した。
「上海には『燕雲』というレジスタンスがいる。俺たちの古い馴染みだ。彼らに協力を要請しておこう。現地の案内役になってくれるはずだ」
『感謝する。彼らの協力があれば、作戦の成功率は飛躍的に上がるだろう』
「僕も……レムナントと行くよ!」
カズマが声を上げたが、榊がそれを制した。
「駄目だ。お前はここに残れ。俺たちの『耳』になってくれ。お前の感覚が必要なんだ」
「でも……!」
カズマは唇を噛み、俯いた。
私は彼に近づき、その肩に手を置いた。
「私なら大丈夫だ、カズマ。必ず戻ってくる」
「……約束だぞ」
カズマは顔を上げ、見えない目で私を見つめた。
「絶対に戻ってこいよ。壊れたりしたら、許さないからな」
「ああ、約束する。それに、私には心強い仲間がいる」
私が背後の3機を示すと、カズマは少しだけ笑った。
「そうだね。君はもう、1人じゃない」
「みんな、無事に帰ってきてね」
透子がカズマの肩に手を置き、祈るように言った。
その言葉は、どんな装備よりも強く、私たちの心を支えてくれた。
出発の時が来た。
私はセラフとリンクし、その背に身を預けた。
重力が消え、身体が浮き上がる。
見下ろせば、仲間たちが手を振っているのが見えた。
小さくなっていく彼らの姿を、私は記録メモリに深く焼き付けた。
「行くぞ」
私は心の中で呟いた。
この翼は、破壊のためではなく、未来を掴むためにあるのだと。
シェルターのゲートが開き、私たちは夜空へと飛び立った。




