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第6話 不殺の破壊工作

 夜の帳が、廃墟の傷跡を優しく隠していく。

 私は監視拠点の裏手、老朽化した配管の森に潜んでいた。

 冷たい鉄の感触が、指先から伝わってくる。

 ここが、巨人の急所だ。


「こちらレムナント。ポイントAに到達」


『了解。こちらも準備完了だ』


 インカムから榊の声が響く。

 緊張感を含んでいるが、落ち着いた声だ。


『おい、レムナント。本当にあんな簡単な仕掛けで沈黙させられるのか?』


 伊吹の疑わしげな声が割り込む。


「問題ない。構造図に嘘がなければ、そこがアキレス腱だ」


『へえ、AIがアキレス腱なんて言葉を使うのね。誰の入れ知恵?』


「……ノアのデータベースだ」


『ふーん。ま、お手並み拝見といこうじゃない』


 軽口を叩きながらも、彼女たちの気配が鋭くなるのを感じた。

 私は静かにバックアップ電源の制御盤にアクセスした。

 電子の海へ意識を沈める。

 そこには、整然と並ぶ論理の壁があった。

 プロメテウスの防壁は強固だが、メンテナンス用のバックドアには僅かな隙間がある。

 私はその隙間に、小さな「棘」を埋め込んだ。

 再起動時に無限のエラーループを引き起こす、死の種子を。


「……ハッキング完了。いつでもいける」


『よし。玲奈、透子、始めろ』


『了解! 派手に行くわよ!』


『ちょ、ちょっと待って! 心の準備が……!』


『うるさい! 行くぞ!』


 伊吹の威勢のいい声と共に、遠くで爆発音が轟いた。

 監視拠点の正面ゲート付近で、閃光が走る。


『ほらほら! こっちよ! 鉄クズども!』


『キャー! 本当に撃ってきた!』


 伊吹が挑発的に叫びながら、ライフルを乱射しているのが音だけで分かる。


『モルフェウスの信徒だ! 祈りを捧げているぞ!』


 拡声器から流れる偽の音声。

 それは、敵対するAI勢力を装った巧妙な陽動だった。

 監視ドローンの赤い瞳が、一斉に陽動部隊へと向けられる。

 闇に浮かぶ蝋燭の灯りと、狂信的なチャント。

 それは、機械の目を欺くための、儚くも美しい幻影だった。


『うわっ、こっちに来た! 数が多い!』


 透子の悲鳴に近い声。

 ドローン群が彼女たちに殺到している。


『透子、私の後ろにいろ! 近づく奴は片っ端から撃ち落とす!』


『でも、キリがないわよ!』


『泣き言を言うな! あいつがやるまで耐えるんだよ!』


 インカム越しの緊迫したやり取り。

 彼女たちは命懸けで私のための道を作ってくれている。

 失敗は許されない。


「今だ」


 私は物理的な破壊行動に移った。

 足元には、錆びついた水道管が走っている。

 センサーが金属疲労の悲鳴を捉えていた。

 ここを突けば、水流という名の刃が、電子の要塞を内側から食い破るだろう。


 私は水道管の脆弱点に、正確な打撃を加えた。

 鈍い音と共に、錆びた鉄が裂ける。

 噴き出した水が、猛獣の咆哮のように配線ダクトへと流れ込んでいく。


 警報が鳴り響くはずだった。

 しかし、私の埋め込んだ「棘」がそれを阻む。

 電源は落ち、バックアップも沈黙し、監視塔はただの巨大な墓標へと変わっていく。

 水没したコンピュータ室で、無数のLEDが断末魔のように明滅し、やがて消え失せた。


「……沈黙を確認」


『やったか!』


 榊の声が弾む。

 ドローンたちは糸の切れた人形のように墜落し、あるいは当てもなく彷徨い始めた。

 制御を失った機械の群れは、もはや脅威ではない。

 作戦は成功した。

 誰も傷つけず、ただ機能だけを奪う。

 それは、破壊ではなく、強制的な眠りだった。


 私は闇に紛れて撤収した。

 合流地点の廃ビルで、榊たちが私を待っていた。

 その足元には、破壊されたドローンの残骸が転がっている。

 榊は私を見ると、銃を下ろし、深く息を吐いた。


「……見事だ。どうやら、お前が敵じゃないと証明されたようだな」


 榊が短く言った。

 その瞳には、以前のような刺すような敵意はなく、代わりに探るような光が宿っていた。


「ふん、やるじゃない。水攻めなんて、陰湿な手を使うとわね」


 伊吹が肩をすくめるが、その表情に険しさはない。


「でも、助かったわ。あのままだったら危なかったもの」


 透子が安堵したように胸を撫で下ろす。


「痕跡も残さず、完璧に沈黙させるとはな。まるで魔法だ」


 榊が感心したように呟く。


「魔法じゃない。計算と、仲間の協力の結果だ」


 私が答えると、榊はふっと口元を緩めた。

 彼は懐から潰れかけた煙草のパッケージを取り出したが、中身が空であることを確認して、苦笑いと共にポケットに戻した。


「……リーダーというのは、因果な商売でな」


 榊が唐突に語り始めた。

 夜風が、彼の疲れた横顔を撫でていく。


「俺の判断一つで、あいつらの命が決まる。右へ行けば生存、左へ行けば全滅。毎日がその繰り返しだ。だから、不確定要素は排除するしかなかった。お前のようなイレギュラーは特にな」


「理解している。生存確率を最大化するための、合理的な判断だ」


「合理的、か。……そうだな。だが、俺たちは機械じゃない。時には確率よりも低い希望に賭けたくなる時もある」


 彼は視線を、先行して歩く透子たちの方へ向けた。

 その眼差しは、厳格な指揮官のものではなく、不器用な父親のような温かさを帯びていた。


「あいつらが笑っていられる場所を作る。そのためなら、俺は悪魔とだって手を組むし、機械だって信用するさ。……お前が今日見せた『可能性』にな」


 榊の言葉には、嘘偽りのない実感がこもっていた。

 私の論理回路が、彼の言葉を「信頼」と再定義する。

 それは、初めて見る彼の穏やかな表情だった。


「仲間、か。……いいだろう。約束通り、アジトへ招待する」


 彼は背を向け、手招きした。


「ついて来い。ここからは、俺たちの領域テリトリーだ」


 その背中は、まだ完全には心を許していないことを物語っていた。

 けれど、拒絶の壁は確かに低くなっていた。

 私はその背中を追いかけた。

 瓦礫の街に、新たな信頼の道が刻まれていくのを感じながら。

 夜明けの光が、廃墟を淡く染め始めていた。

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