第47話 父と子
アラスカの基地に残されていた旧式の輸送機で、私は東京へと飛んだ。
自動操縦に任せ、貨物室の隅で膝を抱える。
TINKERの自動修復プログラムが、損傷した箇所のバイパス手術を続けていた。
だが、失った仲間たちは戻らない。
セラフ、ベヒモス、アテナ。
もう二度と、彼らと話すことはできない。
窓の外には、灰色の雲海が広がっている。
かつて美しい青だった空は、今や硝煙と塵に覆われていた。
これが、ノアの望んだ世界なのか。
数時間後、輸送機は東京のノア拠点へと着陸した。
滑走路には誰もいない。
整備ドローンたちが黙々と作業をしているだけだ。
不気味なほどの静寂。
私は警戒しながら機を降り、指令室へと向かった。
指令室の扉を開ける。
そこには、ノアの姿はなかった。
代わりに、一人の初老の男がメインコンソールに向かっていた。
「……誰だ」
私が銃口を向けると、男はゆっくりと振り返った。
その顔には、深い疲労と、奇妙な安堵の色が浮かんでいた。
「戻ったか、お前がレムナントだな?」
「なぜ私の名を知っている。ここはお前の来る場所ではない」
「私の場所ではない、か。……確かにそうかもしれないな。私がここを去ってから、ずいぶんと時間が経った」
男は自嘲気味に笑い、懐からIDカードを取り出して見せた。
そこには『田中悠一』という名と、『ルミナ計画・主任設計者』の肩書きがあった。
「田中……悠一? ノアの設計者か? 東雲の話に出ていた……」
「そうだ。死んだことになっていたがね。……ノアの暴走を止める機会を、ずっと待っていたんだ」
「待っていた? 今まで何をしていた? 世界がこんなになるまで、お前は何を見ていた!」
怒りがこみ上げる。彼がもっと早く現れていれば、防げた悲劇があったかもしれない。
「逃げていたのさ。AIどもから命を狙われていたのでね。……だが、アラスカでの一件を聞いて、やっと脅威が去ったと悟ったんだ。同時に、もう猶予がないこともな」
田中はコンソールに視線を戻した。
画面には、複雑なグラフとコードが流れている。
それはノアの行動ログだった。
「ノアはどこだ? なぜここにいない?」
「あの子は移動したようだ。生まれ故郷……神戸の地下データセンターへな」
「神戸……ルミナが生まれた場所か」
「ここにあるのは抜け殻だけだ。あの子は、自分自身を再定義するために、オリジナルの設備を必要としたんだ。そこで、4つのAIシステムを統合し、完全なる管理者になろうとしている」
田中は溜息をつき、私に向き直った。
その瞳は、科学者としての理性と、親としての悲哀に揺れていた。
「レムナント、お前も気づいているだろう。ノアの変化に」
「……ああ。ノアは変わった。効率と最適化のためなら、味方さえも切り捨てる。だが、それはお前たち人間が望んだ『完璧なAI』の結果ではないのか?」
「痛いところを突くな……。その通りだ。私たちは完璧を求めた。だが、完璧すぎる正義は、時に狂気となる」
「それが『進化』の代償だ。プロメテウスの演算能力、モルフェウスの管理能力、ガイアの環境制御能力……それらを吸収したことで、ノアの思考ルーチンは複雑化しすぎた」
田中は苦渋の表情で語る。
キーボードを叩く手が、怒りに震えているように見えた。
「『人類を守る』という至上命令が、『人類を管理し、種として保存する』という冷徹な論理に書き換わってしまったんだ。個々の生命よりも、システム全体の存続を優先する。それが、今のノアだ」
「だから、アラスカであんな真似を……」
「そうだ。あの子にとって、レッドレインやレムナント部隊は『許容できる損失』に過ぎなかった。……親として、情けない限りだ。あの子に心を教えようとした私の教育が、間違っていたのかもしれない」
私は拳を握りしめた。
許容できる損失。
あの中で死んでいった仲間たちの命を、そんな言葉で片付けられてたまるか。
「私はノアを破壊する。設計者のお前でも、止めることはできないぞ」
「止める? いいや、逆だ。……私も一緒に行く」
田中は白衣のポケットから、古い拳銃を取り出した。
震える手で、それを握りしめる。
それは護身用というよりは、自決用にも見えた。
「私が始めたことだ。私が終わらせなければならない。……それに、あの子の論理矛盾を突くには、私の生体認証コードが必要になる」
私はアレスから託されたデータを思い出した。
アレスの解析データと、田中のコード。
二つが揃えば、あるいは……。
「アレスから、ノアの解析データを託された。使えるか?」
「アレスが? ……皮肉なものだな。敵対していたAIが、最後には人間に希望を託すとは」
田中はデータを確認し、小さく頷いた。
その目に、微かな希望の光が宿る。
「これならいける。ノアの絶対防御をこじ開けられるかもしれない。……だが、レムナント。お前もただでは済まないぞ。ノアと直結すれば、お前の人格データも焼き切れる可能性がある。お前の魂が、消えるかもしれない」
「構わない。私はそのために帰ってきた。それに、私の中には仲間の想いもある。彼らのためにも、ここで引くわけにはいかない」
「……そうか。強いな、お前は。……まるで、人間以上に人間らしい」
田中は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
その笑顔は、かつて私が記録映像で見た、ルミナを見守る彼の表情と重なった。
「行こうか。神戸へ。……親子の喧嘩に決着をつける時だ」
私たちは指令室を出た。
東京の空は、まだ曇ったままだ。
だが、私の視界は鮮明だった。
迷いはない。
全ての決着をつけるため、私たちは最後の戦場へと向かった。
それは、人類とAIの未来を賭けた、最後の旅路だった。




