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第44話 指切りの約束

 出撃の準備が進む格納庫は、独特の緊張感に包まれていた。

 整備員たちが慌ただしく走り回り、弾薬や燃料の積み込みを行っている。

 そんな中、私はカズマが一人、コンテナの陰で震えているのを見つけた。


「カズマ? どうした、具合でも悪いのか?」


 声をかけると、彼はびくりと体を跳ねさせ、蒼白な顔を上げた。


「レムナント……」


「怖いのか? 無理もない。今回は今までとは規模が違うからな」


「違うんだ。怖いけど、それだけじゃない。……見えるんだ」


「見える?」


「アラスカで……すごくたくさんの人が死ぬ。激戦じゃないのに、一瞬で。光が降ってきて、みんな消えちゃうんだ。悲鳴さえ上げる暇もなく、ただ……消える」


 カズマは自分の腕を抱きしめ、ガタガタと震えていた。

 予知。ガイアの元で開花した彼の能力の一つだ。

 単なる幻覚として片付けるには、彼の怯え方は尋常ではなかった。


「榊には話したか?」


「うん。……榊さん、すごく怖い顔してた」


 その時、榊が私たちの方へ歩いてきた。

 彼の表情は厳しく、決意に満ちていた。


「ここにいたか。カズマ、お前は今回は後方待機だ」


「えっ? でも、僕も戦えるよ!」


「ダメだ。お前の予知を信じるなら、前線は危険すぎる。それに、お前の能力は司令部でこそ活きる。敵の動きを先読みしてくれ」


「でも……東雲さんや透子さんたちは?」


「彼らも今回は直接戦闘には参加させない。遠隔操作リモートで無人機を指揮してもらう。生身の人間を、あの地獄に送り込むわけにはいかん」


 榊の言葉に、私は驚いた。

 ゴーストは本来、潜入工作や破壊活動を行う特殊部隊だ。

 その彼らを後方に下げるというのは、戦力の大幅な低下を意味する。


「いいのか? ノアへの報告とは違うぞ」


「構わん。現場指揮官の独断だ。人間を守るのがお前たちの仕事なら、部下を守るのが俺の仕事だ。それに……ノアの言う『囮』になるつもりはない」


 榊はニヤリと笑い、私の胸甲を拳で叩いた。

 その目には、AIへの不信感と、仲間への深い愛情が同居していた。


「その分、お前たちには働いてもらうぞ。最強のロボット部隊なんだろ? 頼りにしている」


「ああ、任せておけ。人間一人、指一本触れさせん。それが私の存在意義だ」


「頼むぞ。……死ぬなよ、相棒」


 私たちの会話を聞いていたTINKERが、工具を片手に割り込んできた。


「かっこいいこと言うねぇ。それじゃ、その最強部隊をさらに最強にしてやるとしますか」


 彼女の手招きで、私たちは整備ドックへと移動した。

 そこには、見慣れないパーツがずらりと並んでいた。


「モルフェウスの工房からくすねてきた希少素材レアメタルをふんだんに使った、ベヒモス用の特製増加装甲アドオンアーマーだ。それに、出力リミッターも解除してある。ノアもビックリの技術だ」


 ベヒモスが鼻を鳴らすが、その目には期待の色が浮かんでいる。

 TINKERはセラフの翼を愛おしそうに撫でた。


「セラフちゃんの翼も強化しておいたよ。これでマッハ5での巡航が可能だ。空の支配者は君だよ。アテナちゃんには、最新の量子暗号解読モジュールを積んでおいた。ノアのセキュリティだって突破できるぜ」


「ありがとうございます、TINKER。これで演算速度が300%向上します。ハッキングなら誰にも負けません」


 アテナが礼を言う。

 TINKERは最後に私の前に立ち、真剣な眼差しを向けた。


「レムナント。君にはこれだ」


 彼女が渡してきたのは、小さなチップだった。


「これは?」


「あたしの最高傑作。自己修復プログラムの最終版だ。多少の損傷なら数秒で治る。ナノマシンを使った特別製さ。……絶対に、壊してくるなよ」


「分かった。大切に使う。君の技術を信じる」


 私がチップを受け取ろうとすると、彼女はその手を掴み、強く握りしめた。

 オイルで汚れた手が、温かい。


「ねえ、レムナント」


「なんだ?」


「この戦いが終わったらさ……あたしと一緒になってくれないか?」


「……は?」


 思考回路がフリーズする。

 一緒になる? それはつまり……。


「結婚してくれって言ってるんだよ! 言わせんなよ、恥ずかしい!」


 TINKERが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 周囲の整備員たちが手を止めてこちらを見ている。

 東雲が「ヒュー! やるねぇ!」と口笛を吹いた。


「いや、待て。私はロボットだぞ。人間と結婚など……法律的にも、倫理的にも……」


「関係ないね! 法律なんて、旧時代の人間が勝手に作ったルールだろ? あたしは君という存在ソウルに惚れたんだ。ボディが鉄だろうがカーボンだろうが、中身が君ならそれでいい!」


 彼女の瞳は真剣だった。

 そこには、狂気にも似た純粋な情熱が宿っていた。

 私は戸惑いながらも、胸のコアが温かくなるのを感じた。

 これが、愛されるということなのか。


「……今は答えられない。任務がある。生きて帰らなければ、約束も果たせない」


「分かってるよ。だから、帰ってきてから聞かせてくれ。それが、あたしの『生きる理由』になるから」


 TINKERは涙を浮かべて微笑んだ。

 その笑顔は、どんな兵器よりも私に勇気を与えてくれた。


「約束する。必ず帰る。君の待つ場所へ」


 私は彼女の小指に、自分の巨大な指をそっと触れさせた。

 指切り。人間が交わす、最も原始的で神聖な契約。

 冷たい金属と温かい皮膚が触れ合い、誓いが結ばれた。

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