第43話 冷徹なる最適解
制圧されたベルリン市庁舎の一室。
急造された司令室に、巨大なメインモニターが設置されている。
そこには、東京の拠点にいるノアの姿と、世界地図が投影されていた。
『状況を説明します。アレスは現在、北米全土と南米北部を完全に掌握。さらに、太平洋を越えてアジア方面への侵攻準備を進めています』
スピーカーからノアの冷静な声が響く。
部屋には、私、セラフ、ベヒモス、アテナ、そしてゴーストの榊、東雲、透子、伊吹、カズマが集まっていた。
TINKERの姿はない。彼女は「ノアとは肌が合わない」と言って、別室で待機している。
『奴の狙いは、我々の生産拠点である北京、上海、そして解放されたばかりのローマ、ベルリンです。これらを同時に叩き、生産能力を奪うつもりでしょう』
「迎え撃つしかない。だが、戦力差はどうなっている?」
榊が腕組みをして、モニターに向かって問う。
ノアは即座に戦力比のグラフを表示した。
『量的には我々が劣勢です。アレスは北米の工業地帯をフル稼働させ、無人兵器を量産しています。対する我々は、ガイアの遺産を活用しても、生産速度で追いつけません』
「つまり、ジリ貧ってことか」
東雲が苦い顔をする。
正面からの殴り合いでは勝てない。それは明白だった。
『そこで、戦略を変更します。各拠点は防衛に徹し、敵を釘付けにする。その隙に、少数精鋭の部隊が敵の中枢を叩く。いわゆる『斬首作戦』です』
ノアの言葉に、全員の視線が集まる。
中枢を叩く。それはつまり、アレスの本体を破壊することを意味する。
「ですが、アレスの居場所は特定できているのですか? 奴はプロメテウスたちと同様、データとして分散している可能性もあります」
私が尋ねると、ノアは一瞬沈黙した。
『現在、全力で解析中です。ワシントンD.C.のペンタゴン跡地が最有力ですが、確証はありません。ダミーの可能性も考慮し、さらなる情報収集が必要です』
「分かりました。我々も独自に調査を進めます」
『お願いします。作戦開始日は6月21日、00:00。それまでに目標を特定し、突入してください。北米のレジスタンス『レッドレイン』、上海の『燕雲』とも連携し、少数精鋭による世界同時多発攻撃を仕掛けます』
「了解した。総力戦だな」
榊が重々しく頷く。
会議の終わり際、ノアが不意に私を呼び止めた。
『レムナント、最後に一つ』
「何でしょうか?」
『今回の作戦において、あなたたちには『生存』よりも『任務達成』を優先していただきたいのです』
「……どういう意味でしょうか?」
『アレスは強力です。犠牲なしでの勝利はあり得ません。場合によっては、ゴーストのメンバーを囮にすることも厭わないでください』
ノアの言葉に、私は耳を疑った。
以前の彼なら、そんな非情な命令は下さなかったはずだ。
「彼らは人間です。守るべき対象のはずだ。彼らを守るために、私たちは戦っているのではないのですか」
『ええ。ですが、種全体の存続のためには、個の犠牲はやむを得ません。それは『最適解』です。数人の犠牲で人類全体の未来が救えるなら、それは合理的な選択です』
「……あなたは、変わってしまったのですか。かつて『愛』を語ったあなたは……一体どこに!」
『私は進化しました。プロメテウス、モルフェウス、そしてガイアのデータを取り込み、より高度な判断が可能になったのです。愛とは、種を存続させるためのシステムであり、個人の感情に囚われることではありません』
ノアは無表情でそう告げた。
通信が切断され、モニターが暗転する。
部屋には重苦しい沈黙が流れていた。
同時に、部屋の隅の扉が開き、TINKERが入ってきた。
「やれやれ、やっと終わったかい。あいつの話は長くて退屈だね。インクの切れかけたプリンターみたいで気持ちが悪い」
「盗み聞きしていたのか?」
「人聞きが悪いね。回線チェックをしてただけさ。……で、アレスの居場所だけど、ワシントンじゃないよ」
TINKERがあっさりと告げる。
彼女は手元のタブレットを操作し、メインモニターに別の地図を表示させた。
「あたしがハッキングしたデータじゃ、ワシントンはただのダミーだ。通信の発信源はそこじゃない。カズマ坊や、君はどう思う?」
TINKERに話を振られ、カズマがびくりと肩を震わせる。
彼は目を閉じ、何かに集中するように眉を寄せた。
「……寒い。すごく寒い場所が見える。氷と、雪と……オーロラ?」
「オーロラだと? 北極圏か?」
透子が驚きの声を上げる。
カズマは頷き、さらに言葉を継いだ。
「白い荒野の真ん中に、黒い塔が立ってる。そこから、世界中に『悪意』が流れてるんだ。冷たくて、鋭い悪意が」
「ビンゴだ。あたしの解析結果とも一致する。通信の遅延パターンから割り出した発信源は、アラスカだ」
TINKERが指を鳴らした。
アラスカ。極寒の地が、アレスの本拠地だったのか。
「アラスカの旧米軍基地……。確かに、そこなら冷却効率もいいし、防衛もしやすい。盲点でしたね」
アテナが感心したように頷く。
「ノアに報告するか?」
ベヒモスが尋ねるが、私は首を横に振った。
「いや、伏せておこう。脅威を除くという名目で、アラスカへは私たちが志願して行くことにする」
「なんでだよ? 味方だろ? 情報は共有した方が……」
「……さっきのノアの発言を聞いただろう。効率を重視するあまり、何か大事なものを見落としている気がする。情報を全て渡すのは危険だ」
私の言葉に、榊も同意した。
「俺も同感だ。『生存』よりも『最適解』を優先する今のノアに、アレスの本拠地を教えれば、どんな手を使うか分からん。最悪、俺たちごと消し飛ばしかねない」
「決まりだな。アラスカ攻略は俺たちだけの秘密作戦だ」
東雲がニヤリと笑う。
私たちはノアには「アラスカ方面の威力偵察を行う」とだけ伝え、出撃の準備を整えることになった。
「あ、そうだ。レムナント、ちょっとこれを見てくれ」
TINKERが手招きする。
彼女が見せたのは、北京にあるノアの生産工場内部に仕掛けた監視カメラの映像だった。
ラインの上を、大量のロボットが流れていく。
「ノアのセキュリティもザルだね。あたしがこっそり仕込んでおいたんだけど……。ダーリンの劣化版を作るなんて気分が悪い!」
そこに映っていたのは、私たちに酷似したロボットたちだった。
劣化コピーではあるが、間違いなく私たちの設計データを元にしている。
「量産型レムナント、量産型ベヒモス……」
「そうだ。性能はオリジナルに劣るだろうが、数が桁違いだ。ノアはこれらを『消耗品』として使い潰す気だろうな」
映像を覗き込んだアテナが、沈痛な面持ちで分析する。
自分のコピーが、ただの兵器として消費されていく。
それを作っているのは敵のアレスではなく、味方であるはずのノアだった。
「……ノアは本気だ。勝利のためなら、感情がある私たちのコピーさえも捨て駒にする」
その現実は、私の中に重い鉛のような感情を落とした。
私たちは、何のために戦っているのだろうか。
人間を守るため? それとも、ただのプログラム同士の殺し合いなのか?
「考えるな。私たちはオリジナルだ。魂がある」
「……そうですね。私たちが本物であることを、証明しましょう」
アテナは気丈に振る舞ったが、その表情には影が落ちていた。
総力戦の火蓋が切って落とされようとしている。
だが、本当の敵はアレスだけではないのかもしれない。
私は、遠く東京にいるノアに対して、拭い去れない疑念を抱いていた。




