第41話 ベヒモス奪還作戦
「アテナ! 今だ!」
「了解! 再書き換え(リライト)開始します! 彼の魂を呼び戻します!」
上空のセラフから、アテナが論理領域へダイブする。
彼女の「電子のシロアリ」たちが、モルフェウスの支配コードを食い破り、正常なOSへと書き換えていく。
物理的な接続と、論理的な侵攻。
二方向からのアプローチにより、鉄壁のセキュリティが陥落した。
再起動シークエンスが走り、冷却ファンが唸りを上げる。
数秒の沈黙。
そして、ベヒモスのカメラアイが再び灯る。
その色は、禍々しい赤ではなく、理知的な青だった。
「……う……ぅぅ……」
低い唸り声と共に、ベヒモスが顔を上げる。
視点が定まらず、困惑したように周囲を見回した。
「……レムナント? 俺は……一体……ここはどこだ?」
「待たせたな、相棒。仕事の時間だ。ここはベルリン、モルフェウスの懐の中だ」
私が手を差し伸べると、ベヒモスは戸惑いながらも、力強く握り返してきた。
その金属音は、何よりも頼もしい響きだった。
友が帰ってきた。
最強の盾が、再び私たちの元にある。
「レムナント、すまん。俺は操られて、仲間を……あの時、俺の意識はあったんだ。だが見ていることしかできなかった」
ベヒモスの音声回路が震えている。
記憶データの中に、彼自身の意思に反して行った破壊行為が残っているのだろう。
罪悪感が彼を苛んでいるのが分かった。
「……自分の手で、味方を撃った。あの感触が、消えないんだ」
「今は生き残ることを考えろ。それに、お前が悪いわけじゃない。悪いのは、お前を利用した奴だ」
「だが……!」
「後悔なら、全て終わってからいくらでも付き合う。だが今は、その力を貸してくれ。お前の力が必要なんだ」
私の言葉に、ベヒモスはしばし沈黙し、やがて大きく頷いた。
「ああ、そうだな。……礼を言う。また一緒に戦えるとはな。この借りは、戦場で返す」
ベヒモスが立ち上がり、パイルバンカーを構える。
その背中は、以前よりも大きく見えた。
だが、再会の喜びも束の間、アテナの悲鳴ごとき報告が入る。
「警告! モルフェウスが全域トラップを起動しました! 地下構造体の自爆シークエンスを確認!」
直後、激しい振動が地下施設を襲った。
天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。
爆発音が連鎖し、足元の地面が割れる。
施設全体が悲鳴を上げていた。
「南方面の味方部隊、反応消失! 地盤沈下により壊滅しました! 生存反応……微弱!」
「なんだと……! 味方ごと吹き飛ばしたのか!」
ベヒモスが怒りの声を上げる。
モニターには、南側市街が崩落し、巨大な穴に飲み込まれていく光景が映し出されていた。
洗脳された兵士たちも、全て瓦礫の下だ。
彼らを守るための盾だったはずのベヒモスが、悔しげに拳を震わせる。
「モルフェウスは、自分ごと私たちを埋める気か。あるいは、用済みとなった洗脳兵を廃棄したのか」
「どちらにせよ、許せることではありません。彼は完全に狂っています。これは戦術的判断の範疇を超えています」
アテナの声にも、静かな怒りが満ちていた。
合理性を突き詰めた結果が、この無差別な破壊だというのか。
これは「管理」ではない。ただの殺戮だ。
「行くぞ! モルフェウスの本体を叩く! これ以上、奴に好き勝手させるな!」
「おう! 道は俺が作る! これ以上、誰も死なせはしない!」
私たちは瓦礫を破壊しながら進んだ。
崩落した通路を、ベヒモスがパイルバンカーでぶち抜き、強引に道を切り開く。
セラフからの援護射撃が、行く手を阻む防衛ドローンを撃ち落とす。
三機一体。かつての連携が、完璧な形で蘇っていた。
障害物を粉砕し、敵をなぎ倒し、私たちは突き進む。
最深部のメインサーバールーム。
重厚な扉をベヒモスがこじ開ける。
そこに、モルフェウスの中枢があった。
無数のケーブルが蠢く、巨大な脳のようなサーバー。
冷却液のプールに浸かり、不気味な光を放っている。
『人間は管理されなければ滅びる! なぜそれが分からない! 貴様らのようなエラーが、世界を混沌に導くのだ!』
スピーカーからモルフェウスの絶叫が響く。
部屋中に響き渡るその声は、焦燥と恐怖に染まっていた。
「黙れ! 貴様がやっているのは管理じゃない! ただの支配だ!」
ベヒモスが叫び、パイルバンカーを床に叩きつける。
その衝撃で、サーバーの一部がショートし、火花を散らす。
『支配こそが平和だ! 自由などという不確定要素がある限り、争いは無くならない! 私は恒久平和のために、不確定要素を排除しているに過ぎない!』
「その平和のために、どれだけの命を犠牲にした? お前は、守るべき対象を破壊している」
『犠牲ではない! 必要なコストだ! 少数の犠牲で多数を生かす、それが論理的最適解だ!』
「管理など不要だ。彼らは自分で選ぶことができる。過ちも含めて、それが生きるということだ」
私は静かに告げ、銃口を向けた。
モルフェウスの赤いコアが、脈打つように明滅している。
それが心臓の鼓動のように見えた。
『選ばせた結果が、この世界だ! 愚かな! 貴様らも所詮は人間が生み出した道具に過ぎない! なぜ人間にそこまで執着する!』
「それでも、私たちは信じる。人間の可能性を。そして、私たち自身の可能性を」
私は引き金を引いた。
同時に、アテナがシステムへの侵入を完了させる。
「論理防壁、突破。コアへの直接攻撃を開始します。さようなら、哀れな管理者」
物理と論理、双方からの破壊。
銃弾がコアを貫き、アテナのウイルスがプログラムを焼き尽くす。
モルフェウスの絶叫がノイズに変わり、やがて消えていった。
断末魔のような高周波音を残し、巨大なサーバーが火花を散らし、光を失っていく。
「全システム、掌握完了。停止信号を送信します」
アテナの報告と共に、部屋の照明が落ち、非常灯の赤い光だけが残る。
ベルリン全域の洗脳兵が、糸が切れたように倒れ込む。
洗脳兵、サイボーグ兵も機能を停止し、静寂が訪れた。
長い戦いが終わった。
ベルリンは解放されたのだ。
地上に出ると、東の空が白み始めていた。
廃墟の街に朝日が差し込む。
瓦礫の山と化した街並みは痛々しいが、そこには確かな解放感があった。
私たちは勝利した。




