第40話 ベルリン強襲
TINKERの合図で、ヘルシンキの地下からセラフが飛び立つ。
背には私とアテナが同乗していた。
光学迷彩を展開し、夜闇に溶け込む。
眼下には、戦火に包まれたベルリンの街が広がっていた。
ローマほどではないものの、ノアはベルリンにも相応の戦力を投入していた。
だが、モルフェウスの反撃は凄まじく、戦況は芳しくないようだ。
やはり鹵獲されたベヒモスの火力によるものだろう。
「南方面の戦況はどうだ、アテナ」
私の問いに、アテナが即座に答える。
「芳しくありません。敵の防御は予想以上に堅固です。洗脳兵を人間の盾にし、その後方からベヒモスによる砲撃……。一方的な攻撃になっています」
アテナの声は平坦だったが、やはり洗脳兵を盾にする戦い方に複雑な感情が滲んでいるように思えた。
私は拳を握りしめた。
「卑劣な……。人間の盾ごと、こちらの戦力を削ぐつもりか」
「効率的ではあります。モルフェウスらしい、情のない戦術です」
「急ぐぞ。彼らが全滅する前に、中枢を叩く」
「了解。降下地点まであと30秒。高度を下げます」
セラフが翼を畳み、北側市街へと急降下を開始する。
風切り音が激しくなる中、私は作戦の最終確認を行った。
「いいか、目的はあくまでベヒモスの奪還とモルフェウスの無力化だ。無駄な殺生は避ける」
「分かっています。ですが、向こうはそう考えてはくれませんよ。撃たれる前に撃つ、それが空の掟です」
セラフが苦笑交じりに返す。
彼女の言う通りだ。敵は容赦なく殺しに来る。
「それでいい。だが、我々は破壊者ではない。解放者だ。それを忘れるな」
「了解。優雅に、かつ迅速に、ですね」
「作戦開始! 派手に行け!」
私の号令と共に、セラフが発煙弾とドローン爆弾を投下した。
連続する爆発音。白煙が立ち込め、敵の対空砲火が止む。
視界とセンサーを遮られた敵陣は混乱の極みにあった。
「今です! 電子のシロアリ(ターマイツ)、展開!」
アテナが両手を広げると、無数の極小ドローンが散布された。
虫の羽音のようなノイズを撒き散らしながら、それらは地下通気口や配線ダクトへと殺到していく。
「侵入成功。セキュリティゲートの強制解除を行います。……3、2、1、解錠」
「よし、降りるぞ!」
私はセラフの背から飛び降り、地下シェルターの搬入口へと着地した。
アテナも軽やかに着地し、周囲を警戒する。
セラフはそのまま上空へ舞い上がり、陽動を継続する。
「気をつけてね、レムナント。この下には、とびきり危険なのがいるわよ」
「ああ、分かっている。行ってくる」
「武運を。空から見守っています」
セラフの通信に見送られ、私たちは地下通路へと足を踏み入れた。
不気味なほど静かだった。
だが、最深部に近づくにつれ、腹に響くような重低音が聞こえてきた。
「この振動……間違いない、彼だ」
「エネルギー反応、増大しています。待ち伏せされています!」
アテナの警告と同時だった。
角を曲がった先の空間に、巨大な影が立ちはだかっていた。
「ベヒモス……」
変わり果てた姿の戦友が、通路を塞ぐように仁王立ちしている。
全身に施された禍々しい改造。
かつての面影は、そのシルエットに辛うじて残るのみだ。
ボディには「M-01」という無機質な識別コードが刻印されていた。
「警告。識別信号、赤。問答無用のようです」
「ベヒモス、聞こえるか! 私だ、レムナントだ!」
私は通信回線を開き、必死に呼びかける。
だが、返ってきたのは機械的な応答だけだった。
『ターゲット確認。排除行動を開始します』
赤いカメラアイが私を捉える。
躊躇はない。彼は即座にパイルバンカーを構え、突進してきた。
その速度は、以前の彼よりも遥かに速い。
重量級の機体とは思えない加速だ。
「レムナント! 避けて!」
アテナの叫びと共に、私は横に跳んだ。
轟音。
鋼鉄の杭が、私がいた場所の壁を粉砕していた。
コンクリートが豆腐のように砕け散る。
「なんて威力だ……! 直撃すれば一撃で終わるぞ!」
「出力リミッターが解除されています! 自壊も厭わない暴走モードです!」
「馬鹿野郎……そんな戦い方があるか!」
強化されたボディの出力に物を言わせ、ベヒモスは狭い通路で暴れ回る。
私は回避に専念するしかなかった。
懐に飛び込まなければ、停止コードは打ち込めない。
だが、その隙が全く見当たらない。
ガトリングガンの銃口が私を追い回し、壁を蜂の巣にしていく。
「くそっ、近づけん! アテナ、援護できるか!」
「やってみます! ドローン、撹乱開始!」
アテナが指を弾くと、数機のドローンがベヒモスのカメラアイの前に飛び出した。
目障りな羽虫を払うように、ベヒモスが腕を振る。
ガトリングガンがドローンを粉砕する。
だが、その一瞬、彼の意識が逸れた。
「そこだッ!!」
私は全スラスターを噴射し、一気に距離を詰めた。
パイルバンカーの一撃を紙一重でかわし、ベヒモスの懐に潜り込む。
至近距離で、彼の胸部にある接続ポートを目視した。
「ノア直伝の、特製コードだ! 大人しくしろ!」
有線ケーブルを突き刺し、データを流し込む。
拒絶反応を示すようにベヒモスが暴れる。
鋼鉄の腕が私の背中を殴打する。
装甲が軋み、警告アラートが視界を埋め尽くすが、私はしがみついて離れない。
「暴れるな! 目を覚ませ、相棒! お前はモルフェウスの人形じゃない!」
私は停止信号を送信した。
ベヒモスの動きが止まる。
巨体がガクンと揺れ、その場に膝をついた。
赤い光が明滅し、やがて消える。
「やったか……?」
「リンク切断、成功しました! 外部制御から外れました! 強制再起動に入ります」
アテナの報告を聞き、私は大きく息を吐いた。
ベヒモスの赤い光が消え、沈黙する。
だが、まだ終わっていない。ここからが本番だ。




