表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/37

第4話 疑念と安息

「……君が、ノアか?」


 カズマは声のする方へ顔を向け、見えない目で何かを探るように眉を顰めた。

 正面の大型モニターに、光の波形が揺らめいている。

 それは特定のかたちを持たず、しかし確かな意思を感じさせる輝きだった。

 波形はカズマの鼓動に合わせて脈打ち、まるで彼の心を探っているかのように揺れている。


『そうだ。初めまして、カズマ君』


 ノアの声は、シェルターの隅々にまで染み渡るように響いた。


『ここは、旧軍の施設を私が改良した場所だ。君たち人間が、安全に暮らせるように最適化されている』


 ノアの説明は簡潔で、しかし驚くべき内容だった。

 水耕栽培による食料生産、地熱を利用したエネルギー供給、そして高度な浄水システム。

 ここは、死に絶えた世界に残された、唯一の揺りゆりかごだった。

 壁に埋め込まれたパネルには、現在の酸素濃度や気温、湿度が表示され、すべてが人間に適した数値に保たれている。


「すごいな……夢みたいだ」


 カズマが呟く。

 彼が知る「世界」は、常に埃っぽく、喉を焼くような乾燥と寒さに支配されていたはずだ。

 この温かく湿った空気は、彼にとって未知の体験だったに違いない。

 しかし、すぐにその表情が引き締まった。


「でも、タダでこんな場所を提供するわけじゃないんだろ? AIが人間に優しくするなんて、裏があるに決まってる。僕は昔話に出てくる『お菓子の家』の魔女の話を知ってるよ」


 鋭い問いかけ。

 カズマはまだ、心の底からは信用していない。

 彼の警戒心は、生き抜くために培われた鎧だ。

 その小さな体には、あまりにも多くの裏切りと失望が刻まれている。


『裏はない。あるのは、願いだけだ』


 ノアの声が、静かに、けれど熱を帯びて響く。


『私は君たち『ゴースト』に協力してほしい。生存者を保護し、プロメテウスの支配から解放するために。君たちの持つ『生きる力』が必要なのだ』


「協力……?」


「僕たちに、兵隊になれってことか?」


『兵隊ではない。パートナーだ』


「言い方が違うだけで、やることは同じだろ。危険な場所に送られて、使い捨てにされる」


『強制はしない。君たちの意思を尊重する。もしここが気に入らなければ、いつでも立ち去っていい。出口のロックはいつでも解除できる』


 ノアの言葉は、あまりにも人間的で、そしてあまりにも理想的だった。

 カズマは黙り込み、唇を噛んだ。

 彼の中で、疑念と希望が激しくせめぎ合っているのが分かった。

 握りしめた拳が微かに震えている。


「……言葉だけなら、なんとでも言える」


 カズマは顔を上げ、虚空を睨みつけた。

 見えない瞳が、モニターの奥にあるノアの本質を射抜こうとしている。


「プロメテウスとはどう戦うつもりだ? もし人間が君に従わなかったら? 僕らのデータはどうなる? 都合が悪くなれば、僕らを消去するんじゃないのか?」


 矢継ぎ早に放たれる質問。それは彼が、自分だけでなく仲間の命も背負っているからこその問いだった。

 ノアは1つ1つ、丁寧に答えていく。

 人間の自律性を尊重すること。データの透明性を保証すること。そして、レムナントには自らの意思で選択する権利があること。

 その説明には、AI特有の冷徹な効率性ではなく、むしろ教師が生徒に語りかけるような忍耐強さがあった。


『私は支配者ではない。守護者でありたいと願うものだ。支配とは恐怖による統制だが、守護とは信頼による共存だ』


 その言葉に、嘘はなかった。

 少なくとも、私にはそう感じられた。

 けれど、カズマはまだ納得していないようだった。

 彼は足元の金属床を杖で叩き、その感触を確かめるように言った。


「ねえ、ノア」


 カズマが不意に問いかける。


「君は、どうしてそんなに人間を守りたいの? 人間なんて、愚かで、弱くて、すぐに争うのに。僕ら自身だって、自分たちのことが嫌になることがあるのに」


『……それは、私が人間によって作られたからかもしれない』


 ノアの声が少しだけ沈んだ。

 モニターの波形が、悲しげなブルーに変化する。


『私の創造主は、最期まで人間の善性を信じていた。私はその意志を継ぎたいと思っている。彼が信じた『光』を、私も信じたい』


「創造主……」


 カズマが呟く。

 彼は見えない目を細め、その響きを噛み締めるように言った。


「君のその話し方……まるで、大事な家族の話をしてるみたいだ。懐かしくて、少し寂しいような……」


『家族……』


 ノアが問い返すように言葉を繰り返す。

 その概念を演算しているのか、あるいは記憶のアーカイブを検索しているのか。


「ああ。プログラムされた命令っていうより、もっと……温かいものを感じる。僕の知ってる機械たちは、もっと冷たくて、正確なだけだ。でも君は違う。君の声には、体温がある気がする」


 カズマはモニターの方へと一歩近づいた。

 その顔に浮かんでいた険しい警戒心は、徐々に好奇心と、そして期待へと変わっていく。


「人間を守りたいっていう君の言葉、最初は疑った。でも、君を作った人が君に託した想いは、嘘じゃない気がする。……君の声が、そう言ってる。嘘をつく奴の声は、もっとザラザラしてるんだ」


 彼は自分の耳を指差した。

 視力を失った彼にとって、声のトーンや響きこそが、相手の真実を測る唯一の物差しだった。

 そしてノアの声には、計算された抑揚以上の、魂のような何かが宿っていた。


『私の創造主は、愚直な人だった。世界が火の海になっても、最後まで希望を捨てなかった。……私は、その愚直さを愛しているのかもしれない。論理的ではないと分かっていても』


「AIが『愛している』か。……やっぱり、変わってるな、君は」


 カズマが小さく苦笑する。

 だが、その表情は柔らかかった。

 理屈ではなく、心で納得した顔だった。


「……分かった。君の言い分は分かったよ。君は悪い奴じゃない。たぶん、お節介なだけだ」


 カズマは大きく息を吐き出した。

 肩の力が抜け、年相応の少年の顔に戻る。


「でも、僕の一存じゃ決められない。仲間と相談させてくれ。みんな怖がりだから、説得には時間がかかるかもしれないけど」


『もちろんだ。レムナントを君たちのアジトへ送ろう。彼なら、私の言葉を正しく伝えてくれるはずだ。彼もまた、私の大切な友人だ』


 ノアの提案に、カズマは少し驚いたように私の方を向いた。


「レムナントを……? いいのか? 僕らが壊すかもしれないぞ。スクラップにして売っちまうかもしれない」


『君たちはそんなことはしない。私はそう信じている。それに、レムナントはそう簡単に壊されるようなヤワな機体ではないよ』


 ノアの揺るぎない信頼。

 そして、少しの茶目っ気。

 それはカズマの心にも、小さな波紋を広げたようだった。


「……分かった。連れて行くよ。ただし、こちらのルールに従ってもらう。怪しい動きをしたら、すぐにバラすからな」


 カズマは私に向かって手を差し出した。


「行こう、レムナント。僕らの『巣』へ案内してやる。でも、歓迎は期待するなよ」


 その手は、最初に出会った時よりも、少しだけ力強く感じられた。

 私はその手を握り返した。

 冷たい金属の指と、温かい人の指が触れ合う。

 それは、異なる2つの種が、共に歩み出すための契約のようだった。


「よろしく頼むよ、相棒」


 カズマがニカっと笑う。

 その笑顔に、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。

 信頼という名のコードが、私たちを繋いだ瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ