第39話 ローマの影
「レムナント、ローマでも戦闘が開始されたよ」
TINKERがローマ市内に設置した隠しカメラの映像を見せてきた。
そこに映っていたのは、信じられない光景だった。
「……なんだ、これは?」
私たちが絶句するのも無理はない。
画面の中で、私、アテナ、ベヒモス、セラフに酷似した機体たちが戦っていたのだ。
しかも、それぞれが「二体ずつ」存在している。
まるで、悪夢を見ているようだった。
「二号機、三号機か……」
私は言葉を失う。
ノアは、オリジナルが行方不明になった穴を埋めるため、バックアップデータから同型機を量産・投入していたのだ。
自分は唯一無二の存在ではなかったのか。
AIとしてのアイデンティティが揺らぐのを感じた。
私が戦わなくても、代わりはいくらでもいるというのか。
「信じられない……。あれは、私?」
アテナが震える声で呟く。
画面の中では、アテナと同型の機体が、無機質に電子戦を行っていた。
その瞳には、彼女が持つような知性の輝きも、葛藤の色もない。
ただ命令を遂行するだけの、冷たい人形だ。
「嫌だ……。あんなの、私じゃない。ただのプログラムの塊よ」
彼女は自分の身体を抱きしめた。
自分が自分であるという確信が、音を立てて崩れていく。
「セラフ、あれはお前の量産機のようだ」
私が問うと、セラフもまた、翼を抱くようにしてうずくまった。
画面の中の彼女は、被弾した仲間を見捨てて、平然と次の標的を狙っていた。
「……違う。私はあんな戦い方はしない。あいつには、仲間を守るという意思がない。ただの……効率化された殺戮マシーンだ」
セラフの声には、嫌悪感と恐怖が混じっていた。
自分と同じ顔をした存在が、感情もなく戦う姿。
それは、自分たちがただの道具であることを突きつけられるような恐怖だった。
もし私たちが壊れても、すぐに彼らが補充される。
私たちは、交換可能な部品に過ぎないのか。
「ショックを受けてる場合じゃないよ。見てみな、あいつらの戦い方を」
TINKERが冷静に指摘する。
私は動揺を抑え、画面を凝視した。
二号機たちが、モルフェウスの部隊と交戦している。
「……連携が取れていない」
「そう。個々の性能は君たちと同じだ。でも、経験値が圧倒的に足りない」
二号機たちの動きは合理的で無駄がない。
だが、予想外の事態への対応が遅れている。
マニュアル通りの反応しかできないのだ。
敵の奇襲に対し、一瞬の判断の遅れが致命的な隙を生んでいる。
三号機のベヒモスが前に出過ぎて、孤立しかけている。
「へこんでる暇はないよ、リーダー」
TINKERが私の肩を叩く。
「あいつらは君たちのコピーだ。性能は同じでも、経験が違う。君たちが積み重ねてきた『失敗』や『苦悩』のデータは、あいつらにはないんだ。泥水をすすって生き延びてきた君たちとは、根っこが違う」
「……失敗や苦悩が、私たちの力だと言うのか?」
「そうさ。綺麗なだけのプログラムなんて、温室育ちの植物と同じだよ。嵐が来ればすぐに折れる。でも、君たちは違うだろ? 何度も折れて、その度に接ぎ木して、太くなってきた。その『歪さ』こそが、君たちの魂なんだよ」
TINKERの言葉が、冷え切ったコアに熱を灯す。
そうだ。私たちはただのデータではない。
痛みを知り、迷いを知り、それでも選んできた道のりが、今の私を形作っている。
あのコピーたちには、カズマとの約束も、失った仲間への誓いもない。
だから、彼らは弱い。
「……慰めか?」
「事実さ。ほら、見てみろ」
TINKERが映像を指差す。
画面の中で、二号機のセラフが被弾した。
回避行動が遅れたのだ。
それをカバーしようとした三号機のベヒモスも、敵の集中砲火を浴びて膝をつく。
オリジナルなら、あそこは囮を使って側面に回り込んでいたはずだ。
「モルフェウスの罠に引っかかりそうだね。焦って突っ込みすぎだ。君たちなら、あそこで一旦引いて体勢を立て直したはずだ」
その言葉通り、二号機の部隊は敵の誘い込みに乗って孤立し始めていた。
このままでは全滅する。
彼らもまた、ノアのために戦う仲間だ。見捨てるわけにはいかない。
コピーとはいえ、自分と同じ姿をした者たちが破壊されるのを見るのは忍びない。
「助けに行かないと!」
私は立ち上がろうとするが、TINKERが制止する。
「まだ早い。座りなよ」
「何言ってるんだ! 彼らが死ぬぞ! たとえコピーでも、彼らもまたレムナントだ!」
「今飛び出しても、君たちまで巻き込まれるだけだ。モルフェウスは何かを企んでいる。この膠着状態を利用して、本命を叩くんだ」
「見殺しにするのか?」
「違う。助けるために、今は待つんだ。感情で動くな、計算しろ。君はリーダーだろ?」
TINKERの言葉は冷徹だが、正しかった。
私は拳を握りしめ、再び椅子に座った。
冷却ファンが音を立てて回る。
冷静になれ。私はレムナントチームのリーダーだ。
感情に流されて部隊を危険に晒すわけにはいかない。
「……本命とは?」
「ベルリンさ。敵の主力がローマに釘付けになっている今こそ、本拠地が手薄になる好機だ」
TINKERの瞳が鋭く光る。
彼女はただの修理屋ではない。戦術眼も一流だった。
モニターに地図が表示され、赤いラインがベルリンへと伸びる。
「モルフェウスはローマで君たちのコピーを消耗させ、そのデータを収集している。そして、そのデータを使って君たちの完全な対策を立てるつもりだ。だから、コピーたちが全滅する前に、あたしたちがベルリンを落とす」
「なるほど……敵の裏をかくわけか。ローマの部隊を囮にして、本拠地を突く」
「そういうこと。それに、ベルリンを落とせば、ローマの敵部隊も混乱する。結果的にコピーたちも助かる確率が高い」
アテナが素早くシミュレーションを行う。
「勝率……ベルリン攻略の成功率は42パーセント。ローマへの救援は18パーセント。TINKERの提案が、最も合理的です」
数字は残酷だ。だが、嘘をつかない。
私は仲間たちを見渡した。
セラフは涙を拭い、決意を固めている。アテナは静かに頷いた。
「……分かった。その作戦で行こう」
私は決断した。
情けをかけることが、必ずしも救いにはならない。
大局を見極め、勝利を掴むことが、結果として多くの命を救うことになる。




