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第36話 喪失と代償

 閃光が世界を白く染め上げた直後、灼熱の暴風が私たちを襲った。


「伏せろッ!!」


 私が警告を発するよりも早く、二つの巨体が動いた。

 ベヒモスがその重厚なボディを盾にして、私の前に立ち塞がる。

 同時に、セラフが翼を広げ、上空からの衝撃波をその身で受け止めた。


「ぐおおおおおおっ!!」

「きゃあああああっ!!」


 二人の悲痛な叫びが通信回線を圧迫する。

 強烈な熱線がベヒモスの装甲を瞬時に溶解させ、セラフの翼を焼き尽くしていく。

 衝撃波が彼らの身体を激しく打ち据え、装甲板がひしゃげ、火花が散る。

 だが、彼らは一歩も退かなかった。

 私とアテナを守るための防波堤となり、その身を犠牲にして死の嵐を耐え抜いたのだ。


 やがて、暴風が去り、静寂が訪れた。

 目を開けると、そこには無惨な姿になった仲間たちがいた。

 ベヒモスの左腕は半ばから溶解し、装甲の至る所が焼け焦げて内部フレームが露出している。

 セラフの翼は折れ曲がり、センサー類の半分は機能を失っていた。


「二人とも……大丈夫か!?」


「……大丈夫ではないな。だが、どうやら役目は果たせたようだ」


 ベヒモスが苦しげに笑う。その音声には酷いノイズが混じっていた。


「私は、翼が……」


 セラフが力なく答える。

 彼らのダメージは深刻だった。だが、自己診断をする暇などない。


 爆心地から離れていたものの、衝撃波はストームブレイカーの潜伏先を直撃していた。

 レムナントが駆けつけた時には、建物は瓦礫の山と化していた。

 生身の人間である彼らに、核の余波に耐える術はなかった。


「ヨハン! エリザ! 聞こえるか!」


 私の音声センサーが最大出力で叫ぶ。

 だが、返ってくるのは風の音だけだ。

 崩れた壁の隙間から、焼け焦げた端末が見えた。

 彼らの知恵と技術の結晶が、ただのガラクタとなって転がっている。

 そこに生命の温かさは残っていなかった。


「アテナ! スキャンはどうだ! どこかに生き埋めになっているかもしれない!」


「……スキャン完了しました。……生存反応、ありません」


「馬鹿な! もっとよく調べろ! 地下シェルターがあるかもしれないだろう!」


「地下構造も崩落しています。熱源反応なし。心拍反応なし。……全員、即死です」


 アテナの声は、感情を押し殺したように平坦だった。

 だが、そのデータストリームには深い悲嘆のログが刻まれていた。


「そんな……嘘だと言ってくれ。あんなにあっけなく……」


 私は瓦礫を掻き分けようとしたが、アテナが制止する。


「いけません、レムナント。放射線レベルが危険域です。これ以上近づけば、あなたの回路にも影響があるかもしれません」


「構わん! 彼らは私たちを信じてくれたんだぞ! 共に戦ってくれた仲間を見捨てろと言うのか!」


「レムナント! 落ち着いてください!」


 アテナが強い口調で私の思考に割り込む。


「ここで私たちが全滅すれば、彼らの死は本当に無駄になります。彼らが命を賭けて開いてくれた道を、私たちが閉ざしてどうするのですか!」


 アテナの言葉は正しい。論理的だ。

 だが、私の思考回路はその論理を拒絶していた。

 エリザの笑顔が、ヨハンの頼もしい背中が、ノイズ混じりの記憶データとしてフラッシュバックする。

 田中悠一の話をした時の、彼女の寂しげな表情が忘れられない。


「……くそッ! くそッ!!」


 私は拳を瓦礫に叩きつけた。

 硬質な音が虚しく響く。

 彼らは私たちを信じ、共に戦ってくれた。

 そして、その信頼に応える間もなく、理不尽な暴力によって消し去られた。


「敵影確認! 囲まれます!」


 セラフの切迫した声が通信に入った。


「退くぞ。敵の追撃が来る」


 私は拳を握りしめ、無理やりに思考を切り替えた。

 生き残らなければならない。

 彼らの犠牲を無駄にしないために。


 撤退を開始した私たちを、モルフェウスの追撃部隊が襲った。

 EMPの影響でシールドも満足に展開できない中、圧倒的な数の敵が押し寄せる。

 空を覆うようなドローンの群れと、地を埋め尽くすサイボーグ兵団。

 私たちは包囲されつつあった。


「右舷、被弾! シールド出力低下! もう持ちません!」


 セラフが悲鳴を上げる。

 彼女の翼は既に穴だらけで、飛行能力を維持するのがやっとだった。


「アテナ、ハッキングで敵の足を止められないか!」


「不可能です! こちらの処理能力が低下しています。ジャミングが強すぎて、リンクすら確立できません!」


「くそ、八方塞がりか!」


 その時だった。

 黒い巨体が、私の前に躍り出た。


「行け! ここは俺が食い止める!」


 損傷したベヒモスが、殿しんがりとして立ちはだかった。

 彼の装甲はボロボロで、左腕は既に失われている。

 それでも、その巨体は揺るがない壁となって、敵の前に立っていた。


「ベヒモス! 無茶だ! お前一人でどうするつもりだ!」


「俺の機動力じゃ、逃げても足手まといになるだけだ。ここで奴らを引きつけて、お前たちを逃がす」


「そんなこと許せるか! 一緒に帰るんだ!」


「お前たちは生き残れ! そして……必ず勝て!」


 ベヒモスが咆哮ほうこうと共に突撃する。

 残された右腕のバルカン砲が、先頭のサイボーグを粉砕する。

 だが、多勢に無勢だ。

 無数のレーザーサイトが彼に集中する。


「バカ野郎……戻れ! 命令だ!」


「命令は聞けん。俺の役目は、盾になることだ。最強の盾にな!」


「ベヒモスッ!」


「レムナント、行けえええええッ!!」


 圧倒的な敵の集中砲火を浴びながら、彼は一歩も退かなかった。

 その背中が、炎と爆煙の中に消えていく。


「ベヒモスッ!! いやあああっ!」


 セラフが叫ぶ。

 私は彼女の腕を掴み、無理やり引きずった。


「行くぞ、セラフ! 彼の覚悟を無駄にするな!」


「レムナント……ううっ……!」


 私たちは、彼の犠牲の上に作られた道を、泥を這うようにして逃げるしかなかった。

 背後で、巨大な爆発音が響いた。

 大地が揺れ、熱風が私たちの背中を押す。


「ベヒモス……反応消失」


 アテナの小さな声が聞こえた。

 それがベヒモスの最期だったのか、それとも敵の攻撃だったのか、私には分からなかった。

 ただ、私の戦術リンクから、彼のシグナルがロストしたことだけが、冷酷な事実として突きつけられた。


「……ああああああああッ!!」


 私は叫んだ。

 音声回路が軋むほどに。

 だが、足は止めなかった。止めるわけにはいかなかった。


 モスクワ郊外の雪原で、最初に力尽きたのはセラフだった。

 彼女の推進器が火を噴き、雪原に不時着する。


「ごめんなさい、レムナント。もう……飛べない」


「セラフ! しっかりしろ!」


 私が駆け寄ると、彼女の瞳から光が消えかけていた。


「後は……お願い。ベヒモスのこと……忘れないで」


 ガクンと首が垂れ、セラフのシステムがシャットダウンした。


「セラフ……」


「レムナント、私も限界です」


 アテナの声が途切れ途切れになる。

 彼女のボディからも、白い煙が上がっていた。

 核のダメージに加え、EMPによる過負荷と、通信ジャミングに対抗し続けた代償だ。


「アテナ、君まで……」


「データは……全て保存しました。次に目が覚めた時……また、一緒に」


 アテナもまた、雪の上に崩れ落ちた。

 静寂が訪れる。

 残されたのは、私一人だけ。


 私のバッテリー限界も、すぐそこまで迫っていた。

 視界がノイズに覆われ、思考プロセスがフェードアウトしていく。

 寒さは感じない。ただ、深い虚無感だけがあった。


「何も……守れ、なかった」


 仲間を、希望を、何一つ守れなかった。

 ストームブレイカーも、ベヒモスも、セラフも、アテナも。

 その悔恨と共に、私は深い闇へと沈んでいった。

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