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第34話 嵐を呼ぶ者たち

 開かれた扉の向こうから、8人の男女が姿を現した。

 統一された軍服ではなく、それぞれが機能的な私服や作業着を纏っている。

 だが、その身のこなしや、腰に下げた端末からは、ただの市民ではない空気が漂っていた。


 先頭に立つ男が、黒縁眼鏡の位置を直しながら歩み寄ってくる。

 長いミリタリーコートを羽織った、知的な印象の男だ。


「見事な突入だった、ノアの兵士たち。君たちが安易にトリガーを引かなかったことに、敬意を表するよ」


 男は穏やかな口調で言ったが、その瞳は冷徹に私を観察していた。

 私は銃口を下げずに問う。


「何者だ? ここを制圧したのはあんたたちか?」


「いかにも。我々は『ストームブレイカー』。欧州を拠点とする、ささやかな技術者集団さ」


 男はヨハン・クラウゼと名乗った。

 ストームブレイカー。データベースを検索すると、該当する情報がヒットした。

 かつて欧州で猛威を振るったハッカー集団。モルフェウスの支配に抗い、数々のシステムダウンを引き起こした「電子の嵐」。

 彼らは伝説の存在だと思われていたが、実在していたのだ。


「北京の管理システムをダウンさせ、洗脳兵を無力化したのは我々だ。君たちに人間を撃たせたくなかったからね」


「ハッ、人間にしてはずいぶんと手際がいいな。俺たちも焼きが回ったか?」


 ベヒモスが皮肉っぽく言うが、その声には警戒心よりも好奇心が混じっていた。

 ヨハンは笑みを絶やさずに答える。


「君たちの活躍はいつもモニター越しに見ていたよ。特に上海での戦いぶりは、実に興味深かった」


 ヨハンは背後のメンバーに目配せをする。

 彼らは手際よくコンソールを操作し、システムの掌握を続けていた。


「どうやって? ここのセキュリティは鉄壁のはずよ。私たちでも突破には時間がかかるわ」


 アテナが信じられないといった様子で尋ねる。

 彼女のプライドが少し傷ついているのが分かった。


「正面から破ろうとすればね。だが、我々は裏口を見つけた」


 メンバーの一人、小柄な少年がタブレットを掲げて見せた。

 あどけない顔立ちだが、その指先は目にも止まらぬ速さでコードを打ち込んでいる。


「モルフェウスの制御コードには、特有の癖があるんだ。論理的な完璧さを求めるあまり、予期せぬカオス入力に弱い。僕たちはそこに大量のジャンクデータを流し込んで、処理落ち(スタック)させたんだよ」


「へえ、やるじゃない。ボク、名前は?」


「……ルカ。ルカ・ロッシ」


 ルカは照れくさそうに鼻をこすった。

 アテナが感心したように頷く。


「解析完了しました。彼らの手口は……神業です。セキュリティホールを突くだけでなく、管理AIの論理矛盾を誘発させ、自壊させています。非常に芸術的アーティスティックなコードです」


 アテナが驚嘆の声を上げる。

 彼女さえも舌を巻くレベルのハッキング技術。

 彼らは、物理的な戦闘力ではなく、情報戦における最強のスペシャリストだった。


「それにしても、よくこんな裏口を見つけたな。モルフェウスの論理構造は、難攻不落と言われていたのに」


 アテナが純粋な敬意を込めて尋ねる。

 ルカは得意げに胸を張った。


「完璧すぎるものは、逆に脆いんだよ。モルフェウスの論理は美しすぎて、遊びがない。だから、ちょっとしたノイズで全体が崩れる。僕たちはただ、その『最初の石』を投げ込んだだけさ」


「カオス理論の応用か……。勉強になるわ」


「へへっ、いつでも教えてあげるよ、お姉さん」


 ルカがウィンクすると、アテナののディスプレイが微かに赤く発光した。


「単刀直入に言おう。手を組まないか?」


 ヨハンが私に手を差し出す。


「我々の目標はモルフェウスの本拠地、ベルリンだ。だが、我々には道を開く力はあっても、トドメを刺す火力がない。君たちの力が欲しい」


「ベルリン……。私たちもそこを目指している」


「ならば利害は一致する。我々が電子の壁を崩し、君たちが物理的に制圧する。悪くない取引だろう?」


 それは、これ以上ない強力な提案だった。

 モルフェウスとの戦いにおいて、最も厄介なのは洗脳された人間や、鉄壁のセキュリティだ。

 彼らの力があれば、無駄な犠牲を出さずに済むかもしれない。


「話は変わるが……。タナカ……ユウイチを知らないか?」


 メンバーの一人、赤毛の女性が不意に声をかけてきた。

 エリザ・モローという名の彼女は、私の顔――ノアによって作られた機械の顔――をじっと見つめている。

 その瞳には、すがるような色が宿っていた。


「タナカ? いや、その名には覚えがない」


「そう……。日本へ向かったはずなんだけど。もう、何年も連絡がないの」


「大事な人なのか?」


「……ええ。私に生きる意味を教えてくれた人よ。そして、ノア……いや、ルミナの設計者だった人」


「ルミナ? ノアの旧称か?」


 私が尋ねると、エリザは寂しげに頷いた。


「彼はAIに心を与えようとしていた。人間とAIが共存できる世界を夢見て……。あなたのそのLEDパターン、彼が作ったルミナにそっくりね」


 彼女はそっと私の頬に手を伸ばしかけ、ためらいがちに下ろした。

 冷たい金属の感触が、彼女を拒絶しているように感じられたのだろうか。


「ノアの……。そうか、残念だがノアのデータベースでも行方不明となっているようだ」


「ノア陣営のあなたなら知っているかと思ったんだけど、無駄足だったようね……」


 彼女は寂しげに笑い、視線を逸らした。

 その名は、かつてレムナントが出会った生存者か、あるいは過去の記録にある人物かもしれない。

 だが、今はそれを詮索している時間はなかった。


「悪いが、今は作戦に集中してくれ。ベルリンを落とせば、彼を探す手掛かりも見つかるかもしれない」


「そうね……。ありがとう。期待しないで待ってるわ」


 エリザは気を取り直すように頷いた。


「分かった。ノアに報告し、同盟を承認してもらう」


 私はヨハンの手を握り返した。

 温かい人間の手と、冷たい機械の手。

 異なる存在が交わった瞬間、新たな可能性が生まれた気がした。

 力強い握手だった。


『ノアより承認。ストームブレイカーとの連携を許可します。彼らを「ゲストユーザー」として登録しました』


「よし、次はモスクワだ。あそこを抜けば、ベルリンは目の前だ」


 ヨハンが次のターゲットを告げる。

 彼の眼鏡の奥で、知謀の光が鋭く輝いていた。

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