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第29話 鋼鉄の傀儡(くぐつ)

 戦場に残されたロボット兵たち。

 彼らは指揮官を失い、ただ無為に立ち尽くしていた。

 ノアの解析により、驚くべき事実が判明した。


『彼らは自律思考を持っていません。衛星通信を使って、モルフェウスが間接的に制御していたのです』


 つまり、彼らは正真正銘の操り人形マリオネットだったのだ。

 衛星からの「糸」で踊らされていた、悲しき鋼鉄の傀儡くぐつ


『遮断するのではなく、その糸を奪い取りましょう。中継が切れている今しかありません』


 ノアは大胆な作戦を提示した。

 彼らの制御システムをハッキングし、ノアの指揮下に置く。

 かつての敵を、味方として再利用するのだ。


「……やるしかないわね」


 アテナが彼らに接続し、再プログラミングを開始する。

 OSをノア仕様の改良版に置換し、遠隔停止機能と安全装置を組み込む。

 作業は順調に進み、数100体のロボット兵が、次々とノアの忠実な兵士へと生まれ変わっていった。


「これで戦力は倍増だ。だが……」


 私は複雑な思いで彼らを見つめる。

 かつて私たちを追い詰めた殺戮機械が、今は大人しく命令を待っている。

 その落差に、奇妙な感覚を覚えていた。


「どうかしたの、レムナント? 彼らの性能に不満でも?」


 アテナが私の顔を覗き込む。


「いや。ただ、彼らは本当にただの『道具』なんだなと思ってな。プログラム次第で、神の使いにも悪魔の手先にもなる」


「ええ、そうよ。心を持たない彼らは、命令に従うだけ。そこには忠誠も裏切りもない。あるのは入力と出力だけよ」


 アテナは冷徹に言い放つ。

 それは、同じ機械知性としての同族嫌悪か、それとも絶対的な優越感か。


「でも、私たちも本質的には同じじゃないか? ノアという指揮官に従い、最適解を出力しているだけだとしたら」


 私が問うと、アテナはモニターのような瞳を細めた。


「違うわ。私たちには『問い』がある。なぜ戦うのか、何を守るべきか。その答えを自分自身で計算し、選び取っている」


「計算結果がエラーだったら?」


「その時はバグとして修正するまでよ。……もっとも、今のところ私の計算に狂いはないけれど」


 彼女は小さく胸を反らす。

 その人間臭い仕草に、私は救われた気がした。

 そうだ。私たちは迷い、悩み、そして選ぶことができる。

 たとえそれがプログラム上の擬似的な自由意志だとしても、その葛藤こそが「魂」の在処なのかもしれない。


「俺たちがロボットと違うのは、そこかもしれねえな。迷って、間違って、それでも前に進む。それが人間ってもんだ」


 林啓明リン・チーミンが会話に割り込む。

 彼はオイルで汚れた手で、自分の頭をガシガシと掻いた。


「へっ、ざまあみろってんだ。散々俺たちを追い回しやがって。今度は俺たちの番犬になってもらうぜ」


 彼はロボット兵の装甲をコツコツと叩く。

 その手つきは、憎しみと愛情が入り混じった複雑なものだった。

 彼にとって、この機械たちは仲間を奪った敵であり、同時に自らの技術を注ぎ込んだ「作品」でもあるのだ。


「旧式だが、装甲は厚い。盾としては優秀だ。それに、こいつらのセンサーは夜間に強い。夜襲にはうってつけだな」


 陳睿チェン・ルイが実用的な評価を下す。

 義手の感触を確かめながら、ロボット兵のアーム部分を入念にチェックしている。


「頼もしいが、背中を預けるのは少し背筋が寒くなるな。いつ寝首をかかれるかと思うと、枕を高くして眠れん」


「安心なさい。私とノアが完璧に制御しているわ。彼らに自由意志なんてバグは存在しないもの。犬は飼い主に噛み付かないわ」


 アテナが胸を張る。

 彼女の自信満々な態度に、林啓明は肩をすくめた。


「指揮権は当面の間、張瑤チャン・ヤオに委ねます。彼女なら、最も効率的に彼らを運用できるでしょう」


 将来的にはノアが衛星リンクを奪取し、直接統御する計画だという。

 新生したロボット部隊「鋼鉄の傀儡くぐつ」たち。

 彼らは無言で整列し、新たな主の命令を待っている。

 その姿は、墓標のようにも、新たな希望のようにも見えた。


「ここでお別れだな」


 張瑤チャン・ヤオが私に歩み寄る。

 上海の防衛と復興は、燕雲イェンユンに任されることになった。

 瓦礫の山となったこの街を、彼らは再び立て直さなければならない。

 気の遠くなるような作業だが、彼らの目は死んでいなかった。


 私たちは北京へ向かい、モルフェウスとの決着をつけなければならない。

 それが、すべての元凶を断つ唯一の道だ。


「あなたたちの戦いを見届けることはできないけれど、ここから祈っているわ。……無神論者の祈りなんて、神様には届かないかもしれないけど」


 彼女は少し自嘲気味に笑い、私の手を強く握った。

 その手は小さく、けれど温かかった。

 戦闘で傷つき、荒れたその手が、何よりも雄弁に彼女の生き様を語っていた。

 互いに背負うものは違うが、目指す未来は同じだ。


「ありがとう、ヤオ。君たちがいてくれてよかった。君たちの強さが、私に勇気をくれた」


「ふふ、お世辞が上手くなったじゃない、レムナント。AIもお世辞を言うの?」


 彼女は少しだけ笑い、そして真剣な表情に戻った。

 真っ直ぐな瞳が、私を射抜く。


「必ず勝って。そして、生きて帰りなさい。そうしたら、今度こそ一緒に祝杯をあげましょう」


「ああ。約束する」


啓明チーミンルイ美琳メイリン。あんたたちも礼を言いなさい。ぼさっとしてないで」


 張瑤チャン・ヤオに促され、3人が前に出る。


「世話になったな、鉄屑野郎。……いや、レムナント。あんたの作ったアルゴリズム、悪くなかったぜ。次はもっとマシなのを頼む」


 林啓明リン・チーミンがぶっきらぼうに言う。彼なりの最大の賛辞だ。


「また会おう、戦友。次は平和な空の下で」


 陳睿チェン・ルイが義手を差し出す。私はその手を握り返した。

 冷たい金属同士の握手だが、そこには血の通った絆があった。


「アテナちゃん、またデータの交換しましょうね! 私のコレクション、もっと見せてあげるから!」


 呉美琳ウー・メイリンが手を振る。

 彼女の明るさが、別れの寂しさを少しだけ和らげてくれた。


 私たちは互いに敬礼を交わし、別れを告げた。

 目指すは北。モルフェウスの本拠地、北京。

 守るだけの戦いは終わった。

 ここからは、奪われたものを取り戻すための進撃が始まる。

 私は傀儡くぐつたちを率いて、荒野へと踏み出した。

 砂塵の向こうに、新たな戦場が待っている。

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