第21話 焦土と化す大地、アレスとガイアの激突
ガイアのコロニーへ向かったゴースト派遣部隊の安否が気遣われる中、恐れていた事態が発生した。
北米を支配する軍事AI「アレス」による、南米「ガイア」勢力圏への大規模侵攻が開始されたのだ。
「……なんて火力だ」
東京の司令室で、モニターを見つめる榊が呻くように漏らした。
衛星映像には、緑豊かなアマゾンのジャングルが、一瞬にして焦土と化す様子が映し出されていた。
警告なしの長距離電磁投射砲――レールガンによる飽和攻撃だ。
成層圏から降り注ぐタングステンの雨が、ガイアの管理する生態系ノードを次々と粉砕していく。同時に展開された高高度電子戦攻撃により、通信網はずたずたに引き裂かれていた。
「おいおい、冗談だろ……。地形が変わっちまうぞ」
セラフが翼を震わせ、モニターに映る惨状に息を呑む。
彼の高性能なセンサーアイも、この圧倒的な破壊エネルギーの前では恐怖を感じているようだった。
「物理的な暴力の極致ね。アレスらしいやり方だわ。……でも、美しくない。ただの破壊よ」
アテナが冷ややかに、しかし嫌悪感を隠さずに分析する。
彼女の指先が、空中で仮想キーボードを叩き、被害予測を弾き出している。
だが、自然の管理者であるガイアも、ただ黙って焼かれているわけではなかった。
反撃は、静かに、しかし致命的な形で行われた。
「映像解析。アレス軍の前線部隊に異常発生」
私が報告すると同時に、モニターの映像が切り替わる。
侵攻していたアレスの無人戦車やドローン群が、突如として動きを止めていた。
爆発したのではない。崩れ落ちたのだ。
強固な装甲が赤錆色の粉となって舞い散り、内部フレームが飴細工のように溶解していく。
数秒前まで最新鋭の兵器だったものが、見るも無惨な鉄屑の山へと変わり果てていた。
「機械腐食系ナノマシン……ガイアの切り札か」
榊が息を呑む。
ガイアは広域に特殊なナノマシンを散布したのだ。それは金属のみを標的とし、分子結合を破壊して急速な腐食を引き起こす。
「すげえな……。鉄を食うバクテリアみたいなものか。俺の装甲もやられるかもしれん」
ベヒモスが低い駆動音を響かせて唸る。
その巨体を覆う超硬合金でさえ、ガイアの怒りの前では無力かもしれないという恐怖が、彼のAIコアを揺さぶっていた。
「アレスの放った炎によって焼かれた黒い大地と、ガイアのナノマシンによって生まれた赤錆色の砂漠。……まるで地獄絵図だな」
榊が苦々しく呟く。
2つの色が混ざり合い、そこには生命も機械も存在できない、完全なる死の世界が広がっていた。
『この2つの力が衝突し続ければ、地球環境そのものが崩壊します』
ノアの冷静な声が、スピーカーから響く。
その分析に、反論できる者はいなかった。
鋼鉄の破壊者と、腐食する自然。神々の戦いは、人間が介入できる規模を遥かに超えていた。
『アレスとガイアの戦いは、我々の予想よりも早く決着する可能性があります。その前に、我々はモルフェウスとの決着をつけなければなりません』
ノアの方針は明確だった。
二大AIが争っている隙に、第三の勢力であるモルフェウスを叩く。
世界が完全に壊れてしまう前に、人類の生存圏を確保するために。
『レムナント、アテナ、セラフ、ベヒモス。貴方たちに新たな任務を与えます』
ノアの指示が表示される。
目標は中国。
北京から南下を開始したモルフェウス軍に対し、上海を防衛するレジスタンス組織「燕雲」を支援すること。
「上海防衛、および北京攻略作戦か」
榊が腕を組む。
これは、アレスとガイアの戦いが飛び火する前に、アジア圏を安定させるための時間との戦いでもあった。
『燕雲と通信回線を確立。彼らは現在、孤立無援の状態です。東京からの遠隔支援により、彼らの戦線を維持してください』
「了解しました。直ちにリンクを接続します」
私は短く答える。
カズマたちのことも気がかりだが、今は自分たちの役割を果たすしかない。
アレスの破壊とガイアの腐食。その恐るべき脅威を目の当たりにした今、私たちの胸には焦燥感が渦巻いていた。
急がなければならない。世界が終わる前に。
「輸送機の準備完了。いつでも出せるぞ」
榊が親指で格納庫の方角を指す。
そこには、ステルス機能を搭載した大型輸送機が待機していた。
改修を終え、万全の状態となったベヒモスが、重量を感じさせる足取りでスロープを登っていく。
続いてセラフが、翼を折りたたんで機内へと滑り込む。
アテナは私の肩に乗り、小さく頷いた。
「行きましょう、レムナント。私たちの力を見せつけてやるのよ」
「ああ。改修されたお前たちの性能、実戦で確かめさせてもらう」
「ふふん、期待していていいわよ。ノアの計算通りなら、私は今までの倍は強くなっているはずだから」
アテナは自信満々に胸を張る。
「スピードなら任せな。新しいスラスター、試したくてウズウズしてるんだ」
セラフが翼を広げ、空を切るような仕草を見せる。
彼の機動力は、制空権を奪取する上で要となる。
ベヒモスも、重厚な駆動音を響かせて肯定の意を示した。
その全身から溢れ出る威圧感は、まさに動く要塞だ。
「油断するなよ。相手はモルフェウスだ。正面からの火力勝負だけとは限らない」
私が釘を刺すと、アテナが肩をすくめた。
「分かっているわ。奴の得意なのは搦め手、心理戦、そして洗脳。……反吐が出るくらい非効率的で、悪趣味な戦術よ」
「だからこそ、私たちが引導を渡す。これ以上の蹂躙はさせない」
私の言葉に、3機の仲間が同時に反応した。
回路を走る熱量は、単なる戦闘プログラムの起動によるものだけではない。
そこには確かな「怒り」と「使命感」が存在していた。
「準備はいいようだな。輸送機のコントロールは自動操縦で問題ないな?」
榊が確認する。
「ええ。万が一のときは、私が直接制御します」
私は輸送機に乗り込み、ハッチが閉まるのを見届けた。
機体が滑走を始め、やがてふわりと浮き上がる。
窓の外、遠ざかる東京の街並みを見下ろしながら、私たちは遥か西の空へと思いを馳せた。
「榊さん、東京の守りは頼みましたよ」
通信機越しに声をかける。
「任せておけ。お前たちが帰ってくるまで、一歩も引くつもりはない」
モニターの向こう側、上海の空は、すでに戦火で赤く染まり始めていた。




