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第2話 瓦礫の下の温もり

 廃墟となった地下駅は、死んだ巨人の腹の中にいるような静けさに満ちていた。

 僅かに漏れた日光が、崩れ落ちたプラットホームを鋭く切り取っている。

 私は瓦礫の山を慎重に進んでいた。

 センサーが微かな生体反応を捉える。

 それは風の囁きよりも頼りなく、しかし確かにそこに存在する命の灯火だった。


「……誰か……」


 瓦礫の隙間から、掠れた声が漏れ出ている。

 私はサーボモーターの出力を調整し、音もなくその場所へと近づいた。

 そこには、1人の少年がいた。

 瓦礫に足を挟まれ、身動きが取れなくなっている。

 目元を覆う特殊なフード。その下にある瞳は、光を映していないように見えた。


「動かないで」


 私は極力、声を柔らかくして呼びかけた。

 少年がビクリと肩を震わせる。

 彼は見えていない。だが、その耳は私の駆動音を捉えていたはずだ。


「誰だ……? プロメテウスの手先か?」


 警戒心に満ちた声。その手には、自決用の爆弾のスイッチが握りしめられていた。

 指の関節が白くなるほど強く。

 彼は目が見えていない。けれど、その全身から発せられる緊張は、彼がどれほど過酷な世界を生きてきたかを物語っていた。

 風の音、砂利が擦れる音、そして私の微かなモーター音。

 彼はその全てを聞き分け、敵か味方かを判断しようとしている。


「違う。私は君を助けに来た」


「助ける……? そんな言葉、信じるもんか」


 少年は吐き捨てるように言った。

 無理もない。この世界で「助ける」という言葉は、罠と同義語だ。


「信じなくていい。ただ、じっとしていてくれ」


 私は瓦礫に手をかけ、ゆっくりと持ち上げた。

 数トンのコンクリート塊が、私の駆動系を軋ませる。

 ギチギチという音が響くと、少年はさらに身を固くした。


「……っ!」


 瓦礫が退けられ、圧迫から解放された瞬間、少年が苦悶の声を漏らす。

 血流が戻る際の激痛だろう。

 私は素早く彼の足を確認した。骨折はしていないが、酷い打撲だ。


「手当てをする。少し染みるかもしれない」


「触るな!」


 少年が私の手を振り払おうとする。

 その手は氷のように冷たかった。


「私はレムナント。君の名前は?」


 私は構わず、携帯していた医療キットを取り出した。

 消毒液の匂いが漂うと、少年は鼻をひくつかせた。


「……カズマ」


「カズマ。いい名前だ」


 私は彼の足に消毒スプレーを吹きかけ、包帯を巻いた。

 手際よく、しかし優しく。

 カズマは抵抗をやめ、黙って私の処置を受けていた。

 私の指先から伝わる温度――機械の熱――に、戸惑っているようだった。


「お前……温かいんだな」


 ポツリと、彼が言った。


「動力炉の熱だ」


「ふーん……。機械なのに、生き物みたい」


 カズマは私の腕を恐る恐る触った。

 指先が、装甲の継ぎ目や人工筋肉の感触を確かめるように動く。


「硬いけど、柔らかい所もあるんだな。変な感じだ」


「特殊なカーボンナノチューブ繊維だ。柔軟性と強度を兼ね備えている」


「かーぼん? よく分かんないけど、高そうな素材だな」


「ああ、コストは高いらしい」


「へえ、金持ちなんだな、お前」


 カズマが少し茶化すように言う。

 私はスキャンモードを起動し、彼のバイタルを再確認した。


「心拍数、血圧、共に正常範囲内。軽度の脱水症状が見られる。水を飲んだほうがいい」


 彼が空腹であることを察知し、私は携帯していた保存食と水を差し出した。

 カズマは躊躇いながらも、それを受け取り、貪るように食べた。

 生きようとする力。それが、私には眩しく見えた。


「私は、ノアというAIに送られてきた。君たち人間の生き残りを探すために」


 私は正直に告げた。

 カズマの手が止まる。


「ノア……? 聞いたことがないな。でも、お前からは嫌な感じがしない」


 カズマは不思議そうに首を傾げた。

 彼の感覚は鋭い。私の言葉の真偽を、声の響きや空気の振動から読み取ろうとしているようだ。

 視覚がない分、他の感覚が研ぎ澄まされている。


「AIやロボットは人間を支配するものだと思っていた。でも、お前は違うみたいだ」


「私は、人間を守るために生まれた」


「ふーん……変なロボットだね」


 カズマは少しだけ笑った。

 その笑顔は、廃墟の闇に咲いた一輪の花のように、私のコアを温かくした。


 ふと、私の視線が彼の手元にある爆弾に向いた。

 カズマはそれに気づいたのか、自嘲気味に呟いた。


「これか? プロメテウスに捕まったら、実験体にされるからな。その前に、自分で終わらせるんだ」


「そんなことはさせない」


 私は強く言った。

 その言葉に、自分でも驚くほどの感情が乗っていた。


「私が君を守る。私たちの基地シェルターに来れば、その爆弾も要らなくなる」


「……本気で言ってる?」


「ああ、約束する」


 カズマはしばらく沈黙し、やがて小さく頷いた。


「分かった。信じてみるよ、お前のこと。命の恩人だしな」


 彼は私の手を借りて立ち上がった。

 その手は小さく、震えていたけれど、確かな温もりがそこにあった。


「掴まっていてくれ。足場が悪い」


「ああ……頼む」


 カズマは私の腕を強く握りしめた。

 私たちは並んで歩き出した。

 地下深くの闇の中、2つの足音が重なり合い、新たな道を作り出していく。


「静かに」


 不意に、カズマが足を止めた。

 耳を澄ませている。


「……来る。空から」


 数秒後、私のセンサーもそれを捉えた。

 プロメテウスの偵察ドローンだ。

 私はカズマを庇うように、瓦礫の影に身を隠した。

 頭上を、不気味な羽音が通り過ぎていく。

 カズマの鼓動が早くなるのが分かった。

 私は彼の肩を抱き寄せ、無言で「大丈夫だ」と伝えた。


 ドローンが去ると、カズマは大きく息を吐いた。


「助かった……。カズマは耳がいいんだな」


「君ほどじゃない」


「へへっ、そうかもな」


 少しだけ、彼との距離が縮まった気がした。

 私たちは再び歩き出す。

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