第19話 初めて見た「君」
ガイアの提案を受けて、遠征メンバーが選抜された。
東雲玄、水瀬透子、伊吹玲奈、そして神谷一真。
技術、医療、護衛、そして特殊偵察。
それぞれの専門性が、ガイアとの接触には不可欠だった。
東雲は旧世界の技術に精通し、透子は未知の生物兵器への対処が可能だ。
伊吹の戦闘能力は折り紙付きであり、カズマの感覚は、センサーが効かない密林での目となる。
『カズマ、君にプレゼントがある』
ノアが指定したロッカーには、奇妙な形状のヘルメットが入っていた。
擬似視力ヘルメット。
プロメテウスの技術をベースに、ノアが独自に改良を加えたものだ。
表面には無数のセンサーが埋め込まれ、鈍い光を放っている。
それは、科学と魔法が融合したような、不思議な美しさを持っていた。
「……すごい」
装着した瞬間、カズマが息を呑んだ。
聴覚と振動、そして超音波を統合し、脳内に空間を再構築する。
彼にとって、それは初めて見る「世界」の姿だった。
輪郭だけの、色のない世界。
けれど、そこには確かな形があった。
風の動き、仲間の鼓動、そして……。
「見える……みんなが、見えるよ」
カズマの手が、空を切るように動く。
その指先が、透子の頬に触れた。
温かい涙の感触。
透子は涙を堪えるように微笑み、その手を握り返した。
彼女の震える手が、カズマに伝わる。
「よかった……本当によかった」
透子の声が震えている。
ずっと彼を支え、守ってきた彼女にとって、これは奇跡以外の何物でもなかった。
「ああ。君は、綺麗な女性になっていたんだね。僕の頭の中では、ずっと昔の姿だったからね。嬉しいよ」
カズマは子供のように笑った。
彼の笑顔は、この灰色の世界に残された、数少ない希望の光だった。
カズマが私の方を向く。
見えないはずの瞳が、私を真っ直ぐに捉えていた。
ヘルメット越しに、彼の視線を感じる。
「君は、本当に人間みたいな形をしているんだな。温かそうな光が見えるよ。……レムナント、君の心臓は、とても綺麗な色をしている」
「……そうか。それは光栄だ。だが、私に心はないぞ」
私は少し照れくささを感じながら答えた。
機械である私に「色」などあるはずがない。だが、カズマには何かが見えているようだった。
「ううん、あるよ。誰よりも強い光だ」
カズマは次に、腕組みをして立っている伊吹の方を向いた。
「玲奈さんだね。……うん、想像通りだ。強そうで、でも、少し悲しそうな綺麗な目をしている」
「はぁ? 何よそれ。口説いてんの? 百年早いわよ、ガキ」
伊吹は顔を背けたが、耳が赤くなっているのを隠せなかった。
彼女は照れ隠しに、カズマの頭を乱暴に撫で回した。
「痛いよ、玲奈さん!」
「うるさい。生意気言うと、置いてくからね」
カズマの視線は、その恐ろしいほどの純粋さですべてを見透かしてしまうようだった。
「東雲さん。……あなたは、とても疲れた顔をしているけど、一番優しい目をしているんだね。深い湖みたいな色だ」
東雲は一瞬驚いたように目を見開き、そして静かに眼鏡の位置を直した。
彼は予期せぬ指摘に、少し動揺したようだった。
「……買いかぶりすぎだ、カズマ。私はただの、罪深い科学者だよ。多くの間違いを犯し、多くのものを失った」
「ううん、分かるよ。僕には『色』が見えるんだ。東雲さんの色は、後悔の色かもしれないけど、でも誰かを救いたいって色も混じってる」
カズマは自身の胸に手を当てた。
「声の色、匂いの色、そして魂の色。ヘルメットが見せてくれるのは形だけじゃない。みんなが心の中に持っている光が、溢れて見えるんだ。……世界は、僕が思っていたよりもずっと綺麗だったんだね」
彼の新しい「目」は、単なる視覚情報の受容装置ではなく、彼の研ぎ澄まされた感性を拡張するデバイスとなっているようだった。
「世界を見る目」。
真実を見抜く、穢れなき瞳。
「準備はいいか」
東雲が声をかける。
彼は陰圧防護服のチェックを終え、緊張した面持ちで立っていた。
未知のウィルス、未知の生態系。
ガイアの領域は、死と隣り合わせの場所だ。
一度足を踏み入れれば、二度と戻れないかもしれない。
その覚悟が、彼の背中から滲み出ていた。
「最悪の場合は、救助を待たずに離脱しろ。お前たちの命が最優先だ。データなど二の次でいい」
榊が厳しい口調で命じる。
それは、彼なりの不器用な優しさだった。
生きて帰ること。
それが、唯一にして絶対の任務だ。
彼の拳は、白くなるほど強く握りしめられていた。
「分かってるわよ、リーダー。あんたこそ、私たちがいない間に泣かないでよ? 寂しくて枕を濡らしても知らないからね」
「馬鹿言え。せいぜい静かで助かるよ」
「……榊。留守は頼んだぞ」
東雲が真剣な眼差しで榊を見る。
「モルフェウスの動きが不気味だ。深追いはするな。守りを固めろ」
「ああ、分かっている。お前こそ、無理をするなよ。研究者魂に火がついて、無茶をするんじゃないぞ」
「善処しよう」
二人は拳を軽く合わせた。言葉以上の信頼が、そこにはあった。
伊吹が軽口を叩くが、その目元は少し赤くなっていた。
彼女もまた、この任務の危険性を理解しているのだ。
「馬鹿野郎。俺を誰だと思ってる。……全員、五体満足で帰ってこい。命令だぞ」
「了解。……行ってきます」
4人は輸送機へと乗り込んだ。
ハッチが閉まり、エンジンが唸りを上げる。
見送る私たちの視線を受け、機体は空へと舞い上がった。
翼が朝日を受けて輝く。
そこには、人類が失った「自然」という名の、美しくも残酷な神が待っている。
私たちは祈るように、彼らの機影が見えなくなるまで空を見上げていた。
どうか、彼らに加護があらんことを。




