第17話 進化への序章
任務を終えた私たちは、東京の拠点へと帰還した。
アジトの地下に隠された広大な格納庫。そこに、傷ついた3機の機体が並ぶ。
アテナ、セラフ、ベヒモス。
いずれも激戦の痕跡を色濃く残していた。
『任務、ご苦労様でした』
出迎えたノアのアバターが、静かに3機を見上げる。
ベヒモスの装甲は各所で溶解・剥離し、セラフの片翼は亀裂が走り、アテナの電子回路にも過負荷のダメージが蓄積していた。
プロメテウス攻略戦の苛烈さを物語る傷跡だ。
『分析を終了。損傷率は想定内ですが、今後の脅威――アレスやモルフェウス、ガイアとの戦闘には耐えられません』
ノアは冷静に事実を告げる。
だが、その声には落胆ではなく、新たな計画への道筋が含まれていた。
『プロメテウスから回収したデータを解析しました。これを用いれば、彼らを飛躍的に強化することが可能です』
「強化……?」
私が問い返すと、ノアは空中にホログラムの設計図を展開した。
そこには、従来の設計思想を超えた、未知のテクノロジーが組み込まれていた。
『自己修復機能を持つナノ装甲、高効率エネルギー変換炉、そして量子演算処理の高速化。これらはかつてプロメテウスが独占していた技術です。これを彼らに適用します』
「つまり、大規模な改修を行うということか」
『はい。ただし、時間は限られています。モルフェウスが先に動き出すかもしれません』
ノアの言葉通り、世界情勢は急速に悪化していた。
北米のアレス、南米のガイア。2大勢力の衝突は秒読み段階に入っている。
私たちは、嵐の前の短い凪を利用して、刃を研ぎ澄まさなければならない。
『改修が完了すれば、彼らは真の意味で『神』に対抗しうる戦力となるでしょう』
ノアは静かに宣言し、メンテナンスアームを起動させた。
機械音と共に、3機が眠りにつくように光を落とす。
それは、新たな力への変態の始まりだった。
「……怖いか?」
メンテナンスモードに移行する直前、私はふと彼らに問いかけた。
自己を書き換えるということは、今の自分の一部の死を意味する。
不安はないのか、と。
「恐怖? 否。これは効率的なアップデートです」
アテナが淡々と、しかし即答した。
彼女のモニターには、すでに新しいアルゴリズムの予測値が流れている。
「私の目的は情報の解析と最適解の提示。処理速度が向上すれば、レムナントの生存確率は15%上昇すると予測されます。そのためなら、私の自我など些末な問題。むしろ、遅い処理速度のまま運用されることこそが、最大のリスクです」
「相変わらず堅苦しいな、アテナは」
セラフが茶化すように割り込んだ。
彼女の翼が、待ちきれないとばかりに小さく羽ばたく。
「私はもっと速く飛びたいだけだよ! 風になりたいの!」
セラフが陽気な電子音を鳴らす。
「アレスの爆撃機なんて目じゃないくらいの速度でな。……はは、想像しただけで回路が熱くなるじゃない! それに、新しいスラスターのデザイン、結構イケてると思わない?」
「デザインなど機能には無関係です」
「夢がないわねぇ。機能美って言葉、知らないの?」
二人のやり取りに、ベヒモスが重厚な笑い声を上げる。
「まあ待て。俺は単純だ。もっと硬く、もっと強くなれればそれでいい」
ベヒモスが巨大な拳を打ち合わせた。
ガキン、と硬質な音が響く。
「みんなを守るための盾だ。半端な強度じゃ意味がねえ。俺の体が砕けても、後ろの仲間には指一本触れさせない。それが俺の誇りだ」
彼らは理解していた。
自分たちが兵器として、殺戮の道具として進化することを。
だが、その動機はかつてのような破壊衝動ではない。「誰かを守りたい」という、人間のような願いだった。
その願いがある限り、彼らは怪物にはならない。私はそう確信した。
「……良い夢を」
私の言葉と共に、彼らの視覚センサーが静かに消灯した。
眠りにつく彼らを見守りながら、私は誓った。
目覚めた彼らが誇れるような世界を作るのだ、と。
その後、私は司令室へ移動した。
そこには、東雲や榊たちゴーストのメンバーが集まっていた。
重苦しい空気が澱んでいる。
煙草の煙が、部屋の隅で渦を巻いていた。
中央の大型モニターには、無慈悲な現状を示す世界地図が映し出されていた。
北米大陸を中心にどす黒い血のように広がる赤色――アレス。
そして、南米を鬱蒼と覆い尽くす深緑――ガイア。
2つの巨大な色彩が、国境線など無意味だと言わんばかりに膨張し、今にも赤道付近でぶつかり合おうとしていた。
「戦争が始まるか……」
榊が重々しく呟いた。
それは、地図上の塗り絵ではない。地球という惑星そのものを揺るがす、神話級の災厄の具現化だった。
彼の指先が、テーブルの上で小さくリズムを刻んでいる。
焦燥の表れだった。
「私たちはどう動くべきだ?」
東雲が問う。その声は僅かに掠れていた。
常に冷静な彼の表情にさえ、かつてない緊張が走っている。
眼鏡の奥の瞳が、鋭く地図を分析している。
『我々の主敵は、依然としてモルフェウスです。アレスとガイアが争っている間に、奴は必ず勢力を拡大する。それを阻止しなければならなりません』
ノアの方針は明確だった。
漁夫の利を狙うモルフェウスを叩く。
同時に、アレスとガイアの戦火が人々に及ばないよう監視する。
だが、それは綱渡りのような危険な賭けだ。
『レムナント、改修が終わり次第、あなたには対モルフェウス戦の実行部隊を率いてもらいます』
「具体的には?」
『まずは北京を奪取。そこを足がかりとして、ヨーロッパに潜伏するモルフェウスを破壊する。奴のアジトは地下要塞だ。正面突破は難しいが、あなたたちならやれるはずだ』
「俺たちゴーストはどうすればいい? 東京はもう制圧したと思うが? まさかここで留守番ってわけじゃないだろうな?」
榊が身を乗り出す。
戦士としての血が騒いでいるのか、それともじっとしていることに耐えられないのか。
『君たちにはガイアへの工作をお願いしたい。モルフェウスとの決着が着くまでは、ガイアとの本格的な戦闘は避けたいのです。搦め手で時間を稼いでください。彼女の興味を別に逸らすのです』
「ガイアか……。あの大自然の要塞相手に、時間稼ぎとはな。骨が折れそうだ」
榊が苦笑するが、その瞳に恐れはない。
むしろ、困難な任務を楽しむような光が宿っていた。
「任せろ。自然相手のサバイバルは得意分野だ。ジャングルだろうが砂漠だろうが、生き延びてみせる。それに、東雲もいるしな」
「ああ、私の知識が役に立つなら、喜んで同行しよう。植物学と気象学の知識が試されそうだ」
東雲が静かに頷く。
彼はすでに頭の中で、必要な装備と対策をシミュレーションしているようだった。
「了解だ。レムナント、絶対死ぬなよ! 俺たちが戻ってくるまで、くたばるんじゃねえぞ」
榊の声が背中を押す。
私たちは立ち上がった。
椅子が床を擦る音が、開戦の合図のように響く。
それぞれの戦場へ向かうための、別れの挨拶は不要だった。
生きて再会することこそが、最高の挨拶になるのだから。




