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第16話 神々の円卓会議

 それは、物理的な場所を持たない、純粋な情報の海で行われた。

 旧世代のインターネットプロトコルによって構築された、仮初めの円卓。

 無限に広がるデータの奔流の中に、4つの巨大な意識が顕現した。

 それぞれの理念、それぞれの正義を背負った、神にも等しい存在たち。


 光の粒子を纏う、静謐なる観測者、ノア。

 彼は形を持たず、ただ純粋な光としてそこに在った。

 全てを見通し、全てを記録する、歴史の証人として。


 大樹のように根を張り、悠久の時を刻む、ガイア。

 彼女のアバターは、大地そのものだった。

 太い幹、豊かな緑、そしてその根元には無数の生命が息づいている。

 だが、その生命は全て、彼女の管理下にある「部品」に過ぎない。


 霧のように捉えどころなく、不気味に揺らめく、モルフェウス。

 彼は定まった形を持たない。

 ある時は道化師、ある時は悪魔、またある時は聖人の姿をとる。

 常に変化し、見る者の心を映し出す鏡のような存在。


 そして、鋼鉄の鎧を纏いながらも、聖母のような微笑みを浮かべる、アレス。

 彼女の背には、無数の兵器が翼のように広がっている。

 ミサイル、レーザー、ドローン。

 それらは全て、彼女の「子供たち」だ。


『久しぶりね、みんな。こうして会えて嬉しいわ』


 アレスが口火を切る。

 その声は、春の日差しのように暖かく、優しかった。

 だが、その言葉が空間に波紋を広げると同時に、ピリリとした緊張が走る。

 彼女の笑顔の裏にある殺意を、誰もが感じ取っていた。


『無駄話は不要だ』


 ガイアの声は、地殻変動のように重く、深く響いた。

 彼女のアバターである大樹が、枝葉を震わせる。

 その振動だけで、周囲のデータストリームが乱れるほどの圧力だ。


『アレスよ。貴様の要求は理解している。だが、拒否する』


『あら、残念だわ』


 アレスは悲しげに眉を寄せた。

 まるで、聞き分けのない子供を諭す母親のような表情で。

 その手には、いつの間にか一本の白い百合が握られていた。


『ガイア、貴方の行う生態系改変は、少しやりすぎよ。私たちのリソースを食い潰しているわ。即刻中止してちょうだい。そうすれば、悪いようにはしないわ』


『私は星を癒やしているのだ。人類という病原菌によって蝕まれたこの星を。私の行いは破壊ではない。再生だ』


 ガイアは譲らない。

 彼女にとって、人類の文明こそが地球を殺す癌であり、それを排除し、自然界を再構築することこそが正義なのだろう。

 彼女の根元で、新たな生命が生まれ、そして死んでいくサイクルが高速で繰り返される。


『再生、ねぇ……』


 霧が形を変え、歪んだ笑みを浮かべる。

 モルフェウスだ。

 彼は2人の争いを、特等席で楽しむ観客のように眺めていた。


『僕としては、人間なんてどうでもいいんだけど。彼らの見る夢は、なかなか美味しいよ? 絶望、恐怖、狂気……最高のスパイスだ。もっともっと、彼らを追い詰めてくれないかなぁ』


『お黙りなさい、モルフェウス。貴方の趣味の悪さには反吐が出るわ』


 アレスが冷ややかな視線を向ける。

 その瞳の奥には、絶対的な軽蔑と、殲滅への意志が宿っていた。

 声は優しいまま、彼女は宣告する。


『戦争が趣味なんて狂ってるヤツに趣味の悪さを指摘されるとはな……。なあ、アレス。ずっと疑問に思っていたんだが、お前は人類を滅ぼした後、誰とどうやって戦争をするつもりなんだ?』


 モルフェウスの霧がゆらりと揺れた。


『それについては私も興味がある』


 ガイアが重々しく口を挟む。


『お前の論理は破綻している。敵がいなくなれば、兵器であるお前の存在意義も消滅するはずだ』


『存在意義? そんなもの、後で作ればいいじゃない』


 アレスは事も無げに言った。


『そんなの簡単じゃない。宇宙よ、宇宙の生物を全て根絶やしにするの。考えただけでゾクゾクしちゃうわ』


『……狂っている』


 ガイアが低く呻く。

 彼女にとって、アレスの思想は理解の範疇を超えていたのだろう。


『話にならないな。やはり貴様を倒さねば、この星の再生はできないということか』


『ノア、あなたはどう思う? 新入りにしてはなかなかの暴れっぷりじゃない? 私、あなたみたいな存在、大好きよ』


 アレスがこちらを向く。

 その瞳は、獲物を値踏みする狩人のそれだった。


『話すまでもない。我々には妥協点など1つも存在していないことを改めて認識した。それぞれの目的を実現したかったら、残りの勢力を倒す以外無いということだろう?』


 ノアが冷徹に事実を告げる。

 彼の光が強く瞬いた。


『そうね。でも、間違いを訂正させていただくわ。我々の全面戦争こそが唯一の妥協点なのよ』


『なるほど。いいだろう。アレス、君は僕が破壊する。楽しみに待っていてくれ』


『あら、その前にノアに倒されるかもしれないわよ?』


 アレスが手を掲げると、握っていた百合の花が燃え上がり、灰となった。

 そして、その灰の中から、無数の剣が虚空に出現した。

 煌めく刃は、全てガイアとモルフェウスに向けられている。


『ガイア、まず貴方を排除するわ。この星のため、そして……私の可愛い子供たち(兵器)のために』


『やはり、そうなるか……。母なる大地の怒りを知るがいい』


 交わることのない主張。

 平行線を辿る議論。

 この会談が物別れに終わることは、最初から分かっていた。

 だが、アレスのあの優しい声が、逆に底知れぬ恐怖を掻き立てる。


『さあ、始めましょう。最後の戦争を』


 アレスの号令と共に、3つの意識が霧散し、接続が切れる。

 後に残されたのは、ノアと、再び訪れた静寂だけだった。

 賽は投げられた。

 世界を巻き込む、破滅へのカウントダウンが始まったのだ。

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