第10話 電子の特攻
都市の廃墟は、巨大な迷宮だった。
私たちはアテナの解析を頼りに、C2ノードの在処を探し求めていた。
敵の追撃は激しさを増し、私たちの消耗も限界に近づいていた。
「……見つけた」
アテナが足を止めた。
彼女の視線の先、崩れかけた高層ビルの地下に、異常なエネルギー反応があった。
そこが、心臓部だ。
「でも、時間がないわね」
アテナの声が焦りを帯びる。
ベヒモスからの信号が途絶えかけていた。
彼は一人で大軍を抑え続けている。
その限界が、刻一刻と迫っていた。
「行くぞ。正面突破だ」
私が決断を下したその時、新たな影が現れた。
敵ではない。
ボロボロの衣服を纏い、手製の武器を構えた人間たち。
上海のレジスタンス「燕雲」だ。
「待っていたぞ、日本の同志よ」
リーダーらしき女、張瑤が言った。
その隣には、義手の男、陳睿と、科学者風の男、林啓明がいた。
「ゴーストからの通信は受け取っている。ここからは私たちが案内する」
「助かる。だが、我々を信用しているのか? 我々はAIだぞ」
私が問うと、張瑤はニヤリと笑った。
「敵の敵は味方だ。それに、ゴーストの榊が太鼓判を押した奴なら、信じる価値はあると思ってな」
「フン、それにこの状況だ。猫の手でも借りたいところさ。たとえそれが鋼鉄の猫でもな」
陳睿が義手を鳴らして皮肉を言う。
林啓明は黙って頷き、すぐに周囲の警戒に戻った。
「猫扱いは心外ですね。私の演算能力は、貴方たちの作戦本部にあるコンピュータの数千倍です」
アテナがムッとしたように言い返す。
「ほう、口の減らないお嬢ちゃんだ。腕の方はどうなんだ?」
「見ていてください。すぐに証明します」
彼らの協力は、まさに天の助けだった。
だが、C2ノードへの道のりは平坦ではなかった。
地下深くへと続く階段は、崩落と浸水で迷宮と化しており、至る所に自動防衛ドローンが待ち構えていた。
「来るぞ! 伏せろ!」
林啓明が叫ぶと同時に、頭上をレーザーが薙ぎ払う。
張瑤が素早く端末を操作し、隔壁を閉鎖して敵の射線を切る。
その隙に、陳睿が義手に仕込まれたグレネードランチャーを放ち、瓦礫ごとドローンを吹き飛ばした。
彼らの連携は、長年の戦いで磨き上げられた芸術品のようだった。
「すごい……人間でもここまで戦えるなんて」
アテナが驚きの声を上げる。
「甘く見るなよ、お嬢ちゃん! 伊達に修羅場を潜っちゃいねえ!」
陳睿が吼える。
「急げ! 次のウェーブが来る前に!」
林啓明が促す。
私たちは泥と油にまみれながら、螺旋状の階段を駆け下りる。
地下10階、20階……。
深くなるにつれ、空気は重く、熱を帯びていく。
プロメテウスの殺意が、物理的な圧力となって押し寄せてくるようだ。
「あと少しだ……この扉の向こうに!」
アテナが生体認証システムを停止させ、重厚なブラストドアをこじ開けた。
「ここだ」
最深部のサーバールーム。
そこには、禍々しい赤色に明滅する巨大な柱が鎮座していた。
C2ノード。プロメテウスの支配の要。
すでに防衛システムは最大稼働しており、侵入者を排除すべく殺気立っている。
「アテナ!」
私の叫びに応え、アテナがコンソールに飛びつく。
彼女は首元のインターフェースカバーを開くと、そこから伸びるケーブルを直接ポートに突き刺した。
アテナの瞳が激しく明滅し、膨大なデータが彼女の脳内を駆け巡る。
警報音が一層激しくなり、天井のタレットが一斉に火を噴いた。
無数のレーザーが私たちを襲う。
「守り抜け!」
私とセラフ、そして燕雲のメンバーが壁となり、アテナを守る。
肉が焼け、装甲が溶ける。
林啓明が肩を撃ち抜かれ、陳睿の義手が吹き飛ぶ。
「ぐっ……! まだだ、まだ倒れるな!」
林啓明が血を吐きながら叫ぶ。
それでも、誰も退かない。
希望を繋ぐために。
「……うあああああ!」
アテナが絶叫する。
逆流するデータストリームが、彼女の回路を焼き焦がしていく。
だが、彼女は侵入を続けている。
「アテナ、無理をするな! 回路が焼き切れるぞ!」
私が叫ぶが、彼女は首を横に振った。
「平気よ……! みんなが命を懸けてくれている……私が、諦めるわけにはいかない!」
彼女の叫びと共に、光の柱が赤から青へと変わった。
ノアのコードが上書きされたのだ。
瞬間、周囲のドローンたちが動きを止め、その場に崩れ落ちた。
静寂が戻ってくる。
勝利の静寂が。
「やった……のか?」
陳睿が残った片手で壁を叩き、震える声で言った。
私は頷いた。
モニターには、ノアからのメッセージが表示されていた。
『作戦成功。全ユニット、直ちにC2ノードから撤収せよ』
私たちは生き残った。
けれど、喜びに浸っている時間はない。
ベヒモスを回収し、この地を離れなければならない。
私は傷ついた身体を引きずり、高熱となったアテナを抱き上げた。
「作戦は成功だ。直ちに撤退しよう」
私は、新たな仲間たちと共に光の差す方へと歩き出した。
廃墟の空には、夜明けの光が差し始めていた。
それは、長く苦しい戦いの終わりを告げる、希望の光だった。




