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お台場独立戦争  作者: 陣頭二玖
第一幕
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『おおわし』撃墜

── 10:15 永田隆一(東京湾岸緊急対策本部・首相官邸B3F)


 会議室の空気は、妙に乾いていた。


 首相官邸、地下三階。壁を厚い鋼材で覆われた、半ば要塞のような空間。ここは「東京湾岸緊急対策本部」──正式には、危機管理センター集約室。今は入り口に「対策本部」と張り紙がされている。


 重苦しい部屋の壁際には各省庁の事務次官、長官級の職員。中央テーブルには総理、官房長官、防衛、外務、法務、大臣と副大臣が居並び、内閣情報調査室・分析統括官の永田隆一はその末席──いや、末席ですらない、予備椅子のような立ち位置にいた。


(発言権はない。それでいい。今は聞くべき時だ)


 彼の仕事は、誰よりも早く、事態の形を整えることだった。真実を知るのではなく、整合性をもって伝えられる「状況」を構築する。永田の思考は、まずは始まりからを振り返り始めた。


(始まったのは、午前八時三十分ごろ。最初に反応があったのは──)


 お台場の三拠点。辰巳署と湾岸警察署とそして臨海警察署が、いずれも沈黙した。ほぼ同時に突然の突入。警察無線にオープンチャンネルで助けを求める声が響き、そしてそこからは誰も応答しなくなった。


(応答なし。緊急通報も途絶えたまま。制圧されたと考えるのが自然だ……ただし、警察官の生死は確認できていない。未だに安否確認すらできていない)


 敵の正体は、依然として不明。内閣情報調査室、公安調査庁、警察庁公安部、外事警察。全てのチャンネルを通じても、「事前の兆候」は一切なかった。対策本部でもまずはここが紛糾した。


(なぜここまで綺麗に──いや、完璧に消えていた?)


「何者か」ではなく、「どこにもいなかった」ような侵入だった。唐突に千葉方面より車列が現れた。兎にも角にも、突然現れたそれらに、ウォーターフロントは制圧されたのだった。

 

 橋は、すべて塞がれていた。


 レインボーブリッジも、東京港トンネルも。物理的に破壊されたわけではない。ただ、進入路の中央に、無言の装甲車が横たわっている。港湾局の監視カメラには、複数の車両が映っていた。いずれも青みがかった都市迷彩が施されている。国籍も所属も不明。ただし、整然と配置され、完全に機能している。入っていくのはもちろん、もはやお台場から脱出することさえ困難だ。こちらからのコンタクトを数度試みたが、帰ってきたのは銃弾だけであった。


(姿は見えている。だが、名乗っていない)


 勝鬨、佃、月島、豊洲、東雲、辰巳、新木場。各所の橋や主要道路に同様の封鎖車両が展開されていた。警察は一定距離を保ちつつ、手前にバリケードを築いている。都内各署からの増援が集まりつつあるが、現場の隊員たちは誰一人、前へ出ようとはしていない。


(銃は持っているが、所詮は拳銃。かたや相手は突撃銃。装備が違いすぎる。相手が撃てば、ただ死ぬだけだ)


 永田は、心の中で呟いた。これは“膠着”ではない。こちらが凍りついているだけだ。映像の中の敵は動かない。動かないが、そこにいる。そして、すでに包囲は完成していた。



 とりあえずのところ、敵の姿は、確認できている。だが、正体はわからない。


 装備には、ある程度の統一感があった。服装は黒とグレーを基調としたミリタリースタイル。ブーニーハットにヘルメット、プレートキャリア、迷彩のパターンも青みがかった都市仕様で統一されている。だが、どれも絶妙に見たことがない。日本の情報組織が把握しているどの迷彩パターンでもない。

 人種構成と車両も違和感だらけだ。確認されているだけでも、白人、黒人、東南アジア系、中東風の顔立ち。多国籍部隊のようだが、どの国の管轄にも該当しない。

 使用されている装甲車はさらに異様だった。ロシアのBTR-90、米国のACV、中国の92式装輪装甲車、そして自衛隊の96式──本来なら共に並ぶことのない各国の歩兵戦闘車が、同一の迷彩に塗られ、整然と並んで市街地を封鎖している。


(構成が無秩序すぎる。にもかかわらず、動きは洗練されている)


 一件だけ、動きがあった。豊洲署の巡査が敵兵一名の拘束に成功したのだ。署自体が危険と判断され、男はすぐに深川署へ移送された。なにがでてくるかという期待は、しかし空振りに終わる。取り調べ室での尋問中、男は終始意味不明の言葉を発し、泡を吐いて死亡。録音音声は即座に東京外国語大学へ送られ解析待ちだが、結果には期待ができないだろう。


 解剖は済んだが情報なし。所持品も既知の装備に未知の迷彩。結果だけが残った。なにも得られなかった。


 民間人の死者がおびただしい。逃げ遅れたタクシー、ビルの搬入口にいた警備員、ドローンを飛ばしていた少年。撃たれ、倒れ、そのまま回収もされていない。


 永田は、静かに目を閉じた。


(見えているのに、何もわからない。進展は見込めない。されど、会議は踊る……か)



 声を発したのは、警視総監だった。


 正面の席で立ち上がり、総理へ向けて報告を始める。


「第一方面本部は、湾岸一帯に対して全面的な交通規制を実施中です。現時点で接近可能なルートはすべて封鎖済み。念のため、第二方面・第七方面にも避難準備を指示しております」


 口調は落ち着いていた。だが、報告の内容には余裕がなかった。これは封じ込めでも、展開でもない。後退の準備だ。


 会議室に静かな緊張が流れる。背筋を伸ばしたままの総理が、小さくため息を吐いたのが聞こえた。それだけで、会議室全体が少しだけ緩んだように見えた。総監は報告を続ける。


 「辰巳署、湾岸署、臨海署の三署は、いずれも沈黙を続けています。最終応答は午前八時三十五分。以降は一切の交信なし。要員の安否は確認できておらず、地域住民の状態も不明です」


 言葉を選ぶように、総監は一語ずつ区切って述べる。声からは動揺が感じ取れた。


 永田は視線を下げ、手元の端末に流れる最新ログを横目で確認する。警視庁の管制サーバーからのピン応答もない。各署のPHSが一斉に沈黙している。周波数の監視も異常なほど静かだ。おそらく、通信系が破壊されたのだろう。お台場の様子が全く分からない。


「……まもなく、“おおわし”からの空撮映像が届くはずです」

 

 警視総監の隣に腰掛けている警察庁長官が総理に向かって進言するように告げる。沈黙に耐えかねたような声色だった。


 “おおわし”──警視庁航空隊の中型ヘリで、通常は事件・災害現場の空撮や広報任務を担う機体。今回は、都内の制空権が不明確な中での危険な飛行任務だ。


 永田は顔を上げる。部屋の誰もが、映像に“答え”があるかのように、わずかな期待を込めて待っていた。


(だが、何が映る? そして、それを“理解できる”のか?)



 湾岸部を俯瞰するモノクロームの画面が、大型スクリーンに全面表示される。風に揺れる海面と埠頭。光を反射するコンテナヤードの隙間を令和島方面から十数人の民間人が歩かされていた。警備する兵らしき影が二、三人。移送先は東京ビッグサイトの方向と見られる。


 カメラが旋回し、次の視界へと切り替わる。勝鬨、月島、佃──それぞれの交差点中央に、黒煙が立ち上っている。焦げついた道路。路肩に乗り上げたまま停止する警察車両。歩道上には、制服姿のまま倒れ伏した数人の警官。動く気配はない。


 パイロットの音声が続く。


「都道484号線沿いに敵車列を確認。歩兵随伴あり」

「装甲車三両、後方に軽トラック型の輸送車両。歩兵は十数名、進行方向は東雲方面」


 画面内を、無言で進む装甲車列が横切っていく。道端の建物には、爆発の痕跡と思われる焦げ跡がいくつか残っていた。

 さらに視点が引かれる。市内の複数箇所から、細い煙が立ち上っていた。破損した外壁、窓の割れた集合住宅。小規模ながら、戦闘の形跡が残っている。

 最後にカメラは東京港フェリーターミナルを捉えた。白い煙を上げる大型船が一隻。タラップ状の構造から、戦車らしきシルエットが続々と揚陸されていた。


 想定を上回る被害と敵戦力に驚かされたのか、会議室の出席者たちは誰一人として声を発しなかった。


「……なんだ、あれ……?」


 パイロットの声がわずかに揺れた。映像には、海浜公園の北端に据えられた装置のようなものが映っている。三脚状の土台、上部に突き出した垂直な筒。円盤状の構造体がわずかに回転していた。


「旋回中止、対象物をズームしてください」


 オペレータの声も、今度ばかりは平坦ではなかった。通信回線の向こうから、硬い沈黙がしばらく続いたのち──


「……ちょっと待ってください。“嫌な予感”がする。機体、距離を取った方がいいです」


 オペレーターの口調が変わる。その言葉は、通常のオペレーションとは違う、個人的な警告だった。


 

 永田の目が見開いた。


「SPYDERだ──あれはSPYDERです!」


 鋭い声が、会議室を裂いた。いつも冷静な永田の叫びに、周囲が一斉に振り向く。


「イスラエル製、短距離地対空ミサイルシステム! 即応式、射程20キロ! 離脱を!」


 警視総監がギョッとした顔でマイクへ身を乗り出した。


「おおわし、離脱! すぐに旋回して距離を取れ!」


 通信機の向こうで、パイロットが短く息を呑んだ音が入った。


「え、SPY——了解、離脱します、現在旋回──」


 言葉の途中で、爆音が割り込んだ。画面の中で、筒のような砲身がひらく。

 

 閃光。

 

 発射されたミサイルが、ほぼ同時にカメラの視界を切った。


「っくそ、回避──!」


 パイロットの悲鳴とともに、画面が激しくブレた。地面が回転し、空が歪む。次の瞬間、音声が破裂するように途絶え、映像が灰色のノイズに沈んだ。警告音も、信号も、全て消えた。


 しばらく、何もなかった。官邸地下の会議室に、空調の音だけが戻ってきた。


「……“おおわし”、撃墜されました」


 オペレータの声は、震えていなかったが、異常なまでに低く、静かだった。

ここまで読んでくださりありがとうございました。


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