リリース手順
── 28:00 白石颯太(青海地下変電所・変電設備区画)
GIS、ガス絶縁開閉装置は発電所や変電所の事故時などに用いられるスイッチの一種で、起動することで変電所を流れる高圧電流を安全に切ることができる。颯太の操作により即座にトリップコイルが磁力を帯び、これにより装置内のバネが外れ、真空遮断器が起動した。0.02秒で装置内に満たされた六フッ化硫黄ガス内で瞬間放電が発生し、よって僅か60ミリ秒で変電所内の主母線電圧は0kVにおち、高圧線内に残った残電荷も5秒程度で消えた。
つまり、お台場地区は完全停電・ブラックアウト状態に陥ったのである。
── 28:00 永田隆一(国家安全保障会議民間協力者接触チーム・首相官邸B3F)
「お台場!ブラックアウトしました!」
「陸上総隊司令部に伝達します。お台場ブラックアウト!お台場ブラックアウト!」
よしっ
永田は表情を変えず、しかし内心は喜びに溢れていた。白石さんはやった。やり切った。あとは我々の手番だ。永田の思考は即座に切り替わり、春日部に指示を飛ばす。
「白石さんに退避指示を」
「はいっ! 白石さん! 退避を! 事前の連絡どおり、すぐに船の科学館へお願いします!」
永田達接触班は、青海地下変電所で颯太が防御陣地を構築中にお台場からの脱出プランを練っていた。まさかここまで協力させておいて、現地解散という訳にはいかない。
とは言えこちらの戦力が湧いて出る訳でもない。まずは船の科学館へ向かってもらい、そこで回収という手筈を伝達していた。
「春日部さん。ここからはいかなる手段を用いても構いません。専任で白石さんのサポートに回って下さい」
「了解しました!」
現刻をもってネットワークへの潜入隠匿が解除された。電脳空間では、日本有数のハッカー達による総力戦が始まるだろう。
春日部は即座にチャットにメッセージを打ち込み、颯太の支援へと戻る。
「特殊作戦群へ伝達を。計画通り白石さんの回収をお願いします。場所は船の科学館です」
息を吐く暇もなく、永田はリエゾン役の自衛官へと指示を飛ばす。あとは白石颯太がなんとか船の科学館へたどり着ければ、助けることが出来るだろう。
次の指示先を思案していると、柿沼の顔が視界に飛び込んできた。これまでも十分に険しかったが、さらに険しい表情をしている。
まずは彼に伝えるべきだろう。永田は柿沼の目を見つめながら口を開いた。
「柿沼さん……陸上総隊司令部より命令を預かっております。本来の指揮系統と違いますが、それをお許し下さい」
ほんの数秒前に受け取ったばかりのメールをタブレットで見せながら柿沼への指示を続ける。陸上総隊司令部とは事前に話がついていた。ブラックアウト成功時、どこが一番危険になりうるか。そしてどこを確保するのが我々にとって都合がよいか。
「柿沼二尉。貴官は直ちに第一空挺団第8普通科中隊隷下に入り、小隊を率い、我が方主力の到着までの間、敵部隊占領下にある重要拠点の確保及び重要人物の保護を遂行せよ」
柿沼の顔がピクリと痙攣するのがわかる。
「場所はお台場、辰巳フラッグ。対象者は白石詩織。繰り返します。白石詩織さんです。小隊のヘリコプターは官邸に来ております」
永田は普段。あまり感情的な表現をしない。しかしこの時ばかりは「柿沼さんの目に火がついたな」と、後日表現している。
「……私からも、何卒お願いいたします。以上です」
「はっ!」
柿沼は短く敬礼を返すと、きびきびと会議室を走り去った。
── 28:00 白石颯太(青海地下変電所・変電設備区画)
「白石さん! 退避を! 事前の連絡どおり、すぐに船の科学館へお願いします!」
イヤホンからは春日部の叫ぶような声が聞こえる。目の前にはうずくまるスカーフ男、逃げるには今しかあるまい。颯太は脱兎のごとく駆け出し、変電室のドアを閉めたあと、カギをかけ、そして変電所の出口へ向かってよろよろと駆け出した。
痛む全身をおして何とか変電所の出入り口に着く。後ろは真っ暗闇でわからないが、遠くからバキンというドアを蹴破ったとしか思えない音がした。
「ヒッ」
思わず声が出る。
「落ち着いてください。敵はまだ、こちらがどこに逃げたかはわからないはずです。急いで逃げましょう!」
こういう時に誰かの声がありがたい。颯太はそっと出口の扉をくぐった。
── 28:00 白石詩織 (辰巳フラッグ40F・臨時救護センター)
お台場が闇に包まれた時、白石詩織は辰巳フラッグ40階の住民ラウンジに設けられた臨時救護センターにいた。愛する夫からの電話で目が覚めてしまったので、何かすることはないかとそこへ移動したのだ。
深夜、と言うよりももはや早朝と言った時間帯だが、40階は混み合っていた。誰しもが不安に包まれており、自室に籠るよりも皆と一緒に居ることを選ぶのだろう。
「ああ。白石さん」
辰巳フラッグ管理組合の理事長が声をかけてくる。彼がこの臨時救護センターの発起人であり、看護師である詩織に協力を願った張本人だ。
「理事長さん。お疲れ様です。ずっとご対応を?」
「ええ。独り身ですし、自宅にいてもやることがありませんので……少しでも、皆さんのお役に立ちたいなと」
そう言う彼は、やはり疲れているのだろう。昨夜より少しやつれて見えた。
「しかし、この後が心配ですな。外に出てはいかんと言うのに、水も食料も配布されない。このままでは私達は飢えてしまう。日本政府は何をしているんだか」
理事長の最もな怒りにも、心なしか不安の声が多く混ざっているように聞こえた。
フッと、電気が消えたのはその時だった。
突然の停電に救護センター内はどよめきに包まれた。一体何が起きたのか。そして、何が始まるのかわからない。
1秒、2秒……どよめきに包まれた室内が悲鳴に変わったのは、停電より5秒程後、どこか近所で大きな爆音が響いた時だった。
── 28:00 東部方面特科連隊・隊員 (葛西臨海公園・旧臨時駐車場)
腹に響くような轟音があたりを包む。葛西臨海公園に展開した6門の19式装輪自走155mmりゅう弾砲は、あらかじめ入力されていた座標に対して一斉斉射を行った。ただでさえ精密と言われる陸上自衛隊の火砲による砲撃だ。恐らく全弾命中するだろう。
「移動準備ー!」
上官の声が響く。現代の砲兵戦では、即座に反撃を受ける可能性が常にある。よって、砲兵は射撃の後、シュート・アンド・スクート戦術にのっとり即座に移動する必要があるのだ。その可能性は低いとはいえ、あくまでも教本通りに移動の準備を誰もが始めていた。
敵の配置は情報部門により恐ろしく正確に送られていた。なので、おそらく反撃はないだろう。
今、攻撃したのはセントラル広場に展開している防空陣地だ。情報によれば Pantsir-S1×2・レーダ車×1・弾薬車×1・IFV×1 の計5台。単独で完結した良い部隊だ。
だが、火砲の暴力の前では無力だろう。 たった今の砲撃に使った瞬発信管付き155mmHE榴弾であれば、その致死半径は 25m 以内で 90%即死となる。
たとえ、50m 離れていたとしてもその重症率は 50%。それをシュート・アンド・スクート戦術にのっとり、1回に6発を数度繰り返す。恐らくセントラル広場にいた兵士たちは、そこにいる限りは生き残れまい。
悲しいが、これは戦争なのだ。少なくとも彼らの仲間……そう、警視庁のヘリ『おおわし』を撃墜したお台場海浜公園の敵軍陣地は、浦安に展開している友軍部隊が同じように砲撃をしているはずだ。
防空陣地を無力化することで、再びお台場の空を取り戻すことができる。
こうして、お台場各地に設けられた敵兵力の防空、対戦車、そして火砲といった各陣地は、極めて効率的に無力化……破壊されていったのである。
── 28:04 白石 詩織 (辰巳フラッグ40F・臨時救護センター)
夢の島公園が爆発してると言う一報をある住民が届けてくれた時、詩織も理事長も混乱に包まれていた。公園が爆発とはどう言うことなのか?
しかし、40階東側の窓から眺めてみると、「夢の島公園が爆発」とはまさにその通りの表現だった。12面もの広いスペースをもつ野球上を中心に、主に開けたエリアから定期的に爆風に包まれている。
「……まさか……自衛隊?」
と、誰が言ったのかはわからない。わからないが、救護センターに居合わせた人々の間に「この爆発は自衛隊による攻撃では?」「救助が始まるのでは?」と言う噂があっという間に広まった。
核心に変わったのはそれからすぐ。通信ができなくなっていたスマホに、一斉に通知が届いた時だった。
「緊急速報メール」という仕組みがある。主に地震や気象災害などに用いられ、地方自治体や官公庁などが、対象地域の全端末へ一斉に通知メールを送れる仕組みだ。辰巳エリアに住む詩織のスマホにも、こんなメッセージが届いた。
【日本国政府よりお知らせ】
辰巳エリアの皆様へ日本国政府よりお知らせします
ただいまより日本国自衛隊による奪還作戦が開始されます
実弾等を用いた戦闘が予想され、大変危険ですので直ちにご自宅の安全場所へ避難して下さい
地域の安全が確認され次第、避難所の開設を予定しております
ここまでご苦労をおかけしましたがもう少しです。なにとぞ、ご安全に
メールを読んだ住民たちは歓喜の声に包まれた。
が、それも長くは続かなかった。詩織のスマホが突然鳴り出したため、救護センターにいた人々は、理事長に静かにするように宥められたのだ。
こんなタイミングで、この場所へ電話をかけるなど、何かきっと大事なことに違いない。詩織は、スピーカーモードで電話を受けた。
「白石詩織さん、ですか? こちらは永田、日本国政府のものです」
少し焦りを帯びた男の声がスピーカーから流れる。辰巳フラッグの住民たちは耳をそばだてた。
「旦那様、白石颯太さんのご協力で自衛隊の救助作戦が始まりました。ただ、敵に動きがあります。報復として『あなた』をターゲットにしている可能性が高い。すぐに避難を……とにかく避難をして下さい」
避難をと言ったものの、具体的な避難先が思いつかなかったのだろう。曖昧な指示のまま永田と名乗る男は言葉を続けた。
「ただいま、自衛隊特殊部隊があなたの救助に向かっています。20分もすれば到着すると思いますので、とにかく安全な場所へ避難をお願いします。取り急ぎ、これにて」
よほど焦っているのか、伝えるだけ伝えると電話は切れた。詩織は隣にいる理事長と顔を見合わせるのだった。
群像劇っぽくしたく、それぞれの視点を一通り書いてから時系列順に混ぜてみました。
ただ、失敗だったかもしれません。正直、読みづらく感じます……が、いまさら書き直すのが苦なので、許してもらえると嬉しいです。
--
ここまで読んでくださりありがとうございました。
もし楽しんでいただけたら、ブックマークや評価、リアクションなどをしていただけると励みになります。
感想もいただけると幸いです。




