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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

七夕のなにげない日常

作者: 宿木ミル

 完全に油断していた。

 まさか、七夕の日だから遊びに行きたいというメールが唐突にやってくるなんて。

 今日は家でぐだぐだ生活を送ろう作戦が早速破綻しそうだ。


「いや、いいんじゃないって送ったのはあたしだけどさぁ……」


 ちょうど今さっき、お昼過ぎにやってきたメールを再確認する。

 メールを送ってきたのは友人のカナデだ。


『ユリちゃん、今日は七夕だよ! 出会いの日としては大切な日! というわけで、今日私は出会いを求めてるの!』


 その言葉に対しての私の返答は……


『まぁ、そういう日ってあるよね。特別ななにかっていうのがあると、人間、なかなか行動力増えるもんだし』


 他人行儀で答えていた。

 その言葉を受けてカナデはさらにぐいぐい会話を進める。


『そうだよね、そうだよね! 刺激的な出会いが私たちを待ってるはず! ということで、今日そっち向かいたいな!』


 急にやってきたお誘いの言葉。

 なんだか断ったらショックでかそうな印象も感じたので、ついつい答えてしまった。


『いいんじゃない? 大したおもてなしはできないけど』

『よし、向かうよ!』


 勢いを感じる端的な文章を送ってきたのち、彼女とのメールでのやり取りは一時的に止まった。

 さて、なかなかまずい状況だ。


「家でだらける用の衣類で出迎えていいのかなぁ」


 無地のTシャツにショートパンツ。下着は当然つけているけれども、それくらいいい加減な服装だ。まさしく部屋着。ぐうたらモード。

 普段のあたしは、外ではもう少し衣装はがちがちにしている。なるべく身体の凹凸が目立たないように羽織るタイプの衣装を用意することが多い。外で目立つと面倒だからだ。あまり見られるのも好きじゃないし。

 カナデ含む友人にも、外出時の姿を見せることが多い。家のラフな格好を見せることはない。

 ……着替えるべきだろうか。クローゼットに目を向ける。


「……家にいるからには流石に外出時の恰好はしたくないな」


 自分でそう呟き、頷く。

 この後外に出てなにかをするというのならば、まぁ、外出の恰好に着替えてもいい。

 しかし、今日はなるべく家にいると決めていたのだ。だから、わざわざ着替えようという気持ちにはなれない。

 よし、諦めて出迎えることにしよう。

 クローゼットから目を逸らし、お茶でも用意しようとしていたそのときだった。

 部屋にチャイムの音が響き渡る。


『来たよー、ユリちゃんー!』


 それと同時に聞こえてくるのは爽やかなカナデの声。

 想像していたより早く来たみたいだ。


「まぁ、どっちにしろ着替える猶予はなかったってことかぁ」


 そう考えると逆に安心だ。

 とりあえず外で暑い思いさせるのもよくないと思ったので、玄関まで向かってカナデを迎えることにした。

 扉を開けて、カナデを見つめる。彼女の衣装はおおよそ夏コーデといったところだろう。青を基調としたワイシャツやミニスカートがよく似合っている。


「カナデ、こんにちは」

「ユリちゃん、こんにちは! 七夕日和だね!」

「正直暑いから、それどころじゃないけどねぇ。ほら、入って。中はクーラー涼しいから」

「ありがとう、お言葉に甘えるね!」


 普段あたしが生活している部屋にカナデを案内する。

 それなりのスペースがある空間になっているのもあって、友人がのんびりできるだけの空間も存在している。

 カナデが座ったのを確認して、あたしはお茶を用意していく。


「麦茶でいいよね」

「うん、いいよっ」


 笑顔で受け答えする彼女ははきはきしている。あたしはそういう対応があまりできないのもあって、ちょっとだけ尊敬する。

 コップに氷付きのお茶を注ぎ、ふたりで味わえるようにする。必要最低限なおもてなしといったところだろう。


「もらうね」

「うん」


 ゆったりとした態度でお茶を嗜むと、すぐさま彼女は笑顔になった。


「おいしいっ」

「それはよかった」


 私も水分補給を兼ねてお茶を味わう。

 うん、いい感じの味わいだ。夏に味わうと快適な感じのほどよいすっきりさだ。

 少しの間、お茶を飲んでのんびりする。友達がやってきたとしてもあたしのマイペースな生活は変わらない。

 きっと今日もそのままいい感じに過ぎていくだろう。

 そう思っていた時だった。

 カナデの目がなぜかあたしに注目していることに気が付く。

 部屋の内装を確認するよりも、あたしに目が向いている。なぜだろうか。


「どうかした?」


 首を傾げて問いかけてみる。

 すると、カナデは両手をぱたぱた振りながら答えた。


「いや、ううん、大したことじゃないけど、印象的だなぁって思って!」

「印象的、ねぇ」

「えっとね、なんていうか、その……」


 少し顔を赤くしながら、カナデが言葉を繋げる。


「……ユリちゃん、なんか外で見かける時よりもスタイルくっきり見えるなぁって思って」


 その言葉でハッとする。

 そうだ、今日は部屋着でいるんだった。

 身体の凹凸がいつも以上にハッキリわかる衣装になっている。だから、彼女は私に注目していたのか。


「た、たまたまこういう体格になっちゃっただけだし、見せるものでもないなぁって思って隠してたの」

「それでも、凄いって。Tシャツの胸元にいい感じの谷ができてるし……」

「あ、あんまり見られると恥ずかしいって」


 胸元を両手で抑えて、顔を逸らす。ゆさっとした瞬間、カナデの顔がまた赤くなっていたのはもう気にしないことにする。

 普段はこういう場面と出くわすことはないからこそ、見られるのはなかなかに気恥ずかしい。


「……外ではあまり見せないのは、やっぱり目立ちたくないから?」

「あたしはインドア系だからね。そういう人の目が集まるのは苦手なんだ」

「緊張しちゃうとか」

「というよりも注目を集めたくないかな」

「ビキニとか着たらめっちゃ見られそうだもんね」

「そ、そそ、そんな大胆な水着は着ないって」

「それもそっかぁ」


 外でビキニ。恐ろしい。

 あたしのそれなりにいいとされるスタイルでそれを着た瞬間、多分色んな目が集まる。

 そうすると、プールとかを楽しむ余裕もなくなってしまうに違いない。


「でも、ユリちゃんのラフな格好見れてちょっとラッキーだったかも」

「変じゃない? そこまで違和感はないよね?」

「まさか」


 微笑むながらカナデが言葉を繋げる。


「むしろ、私以外に見られると嫉妬しちゃうくらいかわいいよ」

「ふえっ」


 ストレートにそういうことを言われると、どんな反応をすればいいのかわからなくて、言葉に詰まる。

 そんなあたしを見ながら、彼女はやっぱり笑っていた。


「これが年に一回とかだったらもったいないなぁって思うけどね!」

「急に七夕っぽいことを言ってる?」

「だって、七夕の出会いってなんだかそういう感じになりそうじゃない?」

「『出会いの日としては大切な日』って言ってた人の台詞には思えないけど……」

「うぅ、でも、だって、もったいないじゃない? ユリちゃんのセクシーな姿がそんなに見られないなんて!」

「本人を目の前に普通言う? セクシーだなんて」

「本当なんだもん」


 なぜか頬を膨らませてそう言葉にするカナデ。

 なかなか言葉のチョイスが独特だけれども、とりあえずもったいないという気持ちは伝わってくる。


「残念だけど、あたしはそこまでスタイル目立たせるような服装持ってないよ」

「じゃあ、私が見繕う」

「どうやって?」

「う、うーん? いまから、スリーサイズとか手で図って、とか……」

「……スケベ」

「しっかりとした目的あるもん! べ、別に大きいお胸とかどんな感触かなぁとかそんな下心は持ってないからね!」

「言葉に出てるよ、すけべ」

「うぅ……!」


 ……まぁ、外で着るかどうかは置いておくとして、新しい衣類を用意したりするのはいいかもしれない。

 そういうちょっとした気分転換が、気持ちを切り替えてくれることも多いだろうし。


「もし、本当に新しい服とか試したいなら、今度ふたりで買い物にでも行く?」

「いいの?」

「その……あたしもフリーサイズなゆったりした服ばっかり着てたから、ちゃんとしたスリーサイズは図ってないし……まぁ、これをきっかけに新しい服を用意するのも悪くないなぁって思ってさ」

「……スタイル、正確な数字出たら教えてほしいかも」

「……ねぇ、カナデ、自分がそろそろ変態っぽいことに気が付こう?」

「へ、変態じゃないもん! 知的好奇心だもん!」

「はいはい」


 暴走気味なカナデの姿もまぁ悪いものではない。

 あたしに対して興味を持ってもらえるのは、友達という間柄ならば、まぁ嬉しいことだし。


「……まさか七夕の出会いからこんなことになるとは思わなかった」

「私もただ、会いたいなぁって思ってただけなのに、まさかセクシーとかそういう話になるとは想定外」

「何が起こるかわからないものだよね」

「本当にね」


 少し落ち着いた彼女の様子を見ながら、ひとつ話を切り出す。


「そういえば、七夕の願いは何を書く予定なの?」

「無難なのを書こうと思ってたけど……うーん、なんか変なのも書きたくなったかも」

「なにそれ」

「……ユリちゃんの水着が見たいなぁとか」

「邪な精神になってない?」

「見たいんだもん、ぜったいかわいいよ」

「可愛いって思われるのは嬉しいけど……一年に一回の願いがそれでいいのかなぁとは感じるかな」

「うぐぅ、そうだよね」


 少し悩むカナデ。

 それを見つめながら、私は適当に用意した短冊に文字を書き記していく。


「こういうのは希望的でも、明るい内容を書きたくなるよね」


 そう言葉にしながら、仕上げる。


『友達と楽しく雑談できる時間がいつまでも続きますように』


「こういう感じとか」

「眩しいっ」

「まぁ、願い事は人それぞれだからね。気軽に考えるといいんじゃないかなぁ」


 七夕の願い事は誰かに強要されるものでもない。

 自分が思いついたことをしっかり書いて、空に届けるものなはずだ。

 書いたことに後悔しなければ、きっと前向きなことならば、どんなことを願ってもいいはず。


「うーん、悩む! しばらく考えてもいいかな!」

「大丈夫、夜にはまだ遠いし」

「それなりに真剣に、でもちょっと自分に忠実に書きたい!」

「頑張れー」


 ドキドキしたり、そわそわさせたりする時間があったりする七夕の日。

 こういうのも悪くないかもしれない。

 色んな表情を見せてくれた友達を見つめながらそう思った。

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