60 本当の色
まさか、私がシーフォールスに行った後にあんな事があったとは……。あの頃の私に『大丈夫だよ』と言ってあげたい。
ーいや…大丈夫ではなかった…死にかけたからー
本当に無知とは怖ろしいと思った。住む世界が違うと常識も違って来る。ある意味、ユラからは沢山の事を学んだ気がする。それに、ユラに一撃喰わされた事は一生忘れる事はない。それを糧に、更に騎士として精進するのみ。
言い訳としては、あの時は番のヴェルティル様の香りにやられて注意力散漫になっていた上に、暴れ出しそうになる本能を抑えるだけで必死だったから、ユラの攻撃には全く気付いていなかったのだ。
「…見苦しい言い訳だよね………」
「奥様、どうかしましたか?」
「何でも無いわ」
私に声を掛けて来たのは、侍女のイルゼ。イルゼは、私がクレイオンに居た時からの侍女で、アラスター様と結婚してからも私に付いて来てくれて、今では我が家の侍女長でもある。
そう、私とアラスター様は色んな事があったけど、あれよあれよと言う間に婚約が調い、それから残り2年の訓練生生活が終わりユーグレイシア王国に帰って来ると、これまたあれよあれよと言う間に結婚の準備が調い………気が付けば結婚式の日を迎えていた事には、本当に驚いた。
当日初めて着たドレスは、アラスター様の瞳と同じ青色で私の体にピッタリ合っていた─事にも本当に驚いた。
それでも、私がギルウィットの騎士である事に変わりはなかったから、結婚した後も2年は私はギルウィット辺境地、アラスター様は王都でと別居生活をする事になった。そして、それも2ヶ月前に終わった。私、リュシエンヌ=ヴェルティルが、第二騎士団に入団する事になったからだ。それに伴い、私も王都にある父が建ててくれた邸に住む事になり、その邸にアラスター様と住む事になったのだ。
でも、お互い同じ城勤めとは言え、私は騎士、アラスター様は表向きの勤めと裏の務めがある為、出勤時間や帰宅時間や休日全てがバラバラで、同じ邸に住んでいても顔を合わせる時間は殆どない。寂しくないと言えば嘘になるけど、たまに、朝目覚めた時、アラスター様の腕の中に閉じ込められている時があったりする。
「幸せ過ぎる!」
もう、それだけで1ヶ月はどんな事でも笑顔で乗り越えられるから、相変わらず私も単純でチョロい。
相変わらずアラスター様からは甘い香りはするけど、私の本能が暴走する事はない。番と……本当の意味で結ばれると、本能も落ち着くようだ。そもそも、あの時のアラスター様は、『アラスター様って獣人ですか!?』って叫びたくなる程で…………
「何考えてるの!?私の馬鹿!!」
「何を考えていたんだ?」
「ひあっ!アラスター様!?」
ふいに背後から抱きしめられて、耳元に低音ボイスが響いた。
「あれ?今日は帰りが遅いって……」
今日は帰りが遅くなると言われていたから、久し振りにとモニカと2人でメグに会いに行っていたのだ。
「遅くなる予定だったんだけど、リュシーとモニカがメグに会いに王城に来ていると知ったクライドが、仕事を早々に切り上げてモニカを追うように帰ってしまうし、メグはメグでアラールに付き合わされてしまって…おまけに、レイモンドもロッティー妃殿下とお茶をするって事になって、晴れて俺も早退する事ができたんだ」
「ロッティー妃殿下の体調は落ち着いたんですか?」
「あぁ、もうそろそろ8ヶ月だったかな?落ち着いて来て、食事もできるようになったそうだ」
「それは良かったです」
レイモンド様とロッティー様が結婚してから2年。そして、今、ロッティー様のお腹には新しい命が宿っている。
結婚パレードで見た2人は、本当に幸せそうに微笑み合っていた。前世ではお互い歩み寄る事すらできず、幸せとは程遠い結婚生活を送り、辛い思い出しか残らなかったけど、今世では幸せになる事ができた。
「それと、俺は明日は休みなんだ。で、第二騎士団に確認したら、リュシーも明日は休みだ─って」
「え?休み?明日は遅番だったは───ずなのは…記憶違い…だった…かな?」
「うん。記憶違いだね」
ー笑顔の圧が半端無いー
きっと、この笑顔の圧で第二騎士団を訪れたのだろう。レイモンド様の口添え付きで。
アラスター様が“影”だと言う事は、第一、第二騎士団の団長と副団長は知っているから、アラスター様に歯向かう事は滅多に無い。こんな圧を掛ける事も滅多に無いけど。
「折角同じ家に住む事になったのに…リュシーと一緒に居る時間が無くて……それを、ロッティー妃殿下も気に掛けて下さったんだ」
「そうなんですか?」
ロッティー様に関しては、良い噂しか耳に入ってこない。そのロッティー様付きの護衛の1人がアデールで、そのアデールもロッティ様の事を素晴らしい人だと言っていた。
「と言う事で、久し振りに、本当に久し振りにリュシーとゆっくり過ごす事ができる!」
「わあっ!」
パッと笑顔になったかと思えば、無遠慮に私を抱き上げて歩き出すアラスター様。
「イルゼ、俺が呼ぶ迄部屋に近付かなくていいから」
「承知しました。お飲み物だけ用意してから下らせていただきます」
「うん。よろしく」
「え!?何が宜しくなの!?」
ーあからさま過ぎない!?ー
「あの…まだ外は明るいですよ?」
「時間なんて関係ないよね?」
「いや……関係無くも無いのでは?」
「うーん……夜まで待っても良いけど、その分更に手加減が難しくなるけど……良い?」
「なっ!!??色々良くありませんけど!?」
ーその色気はどこから来てますか!?いやいや、手加減って何!?ー
「アラスター様って、本当に人間?獣人の血が混ざったりしてない?」
「残念ながら純粋な人間だ。ただ、リュシーが好き過ぎるだけだな」
「ゔっ………」
「寧ろ、リュシーこそ本当に獣人で、俺が番なのか?って訊きたいぐらいだ」
「純粋な獣人で、アラスター様は私の……私だけの番です!!」
「くっ……殺し文句か!」
「はい?殺しもん──ひぁっ」
ドサッと押し倒されたのは、2人の寝室にあるベッドの上だった。
「番として、獣人のリュシーに襲われるのもアリかと思っていた時もあったけど…」
ーそんな事思ってたんですか!?ー
「やっぱり、襲われるより………リュシーを俺色に染めて行く方が良いな」
と言いながら、言葉とは裏腹に、私に優しいキスをする。そうすると、それが合図になったかのように、アラスター様の色が変わっていく。
葵色の髪は、一般的によく見かけるハニーブラウンに。青色の瞳は、少しだけ淡い青色に。
これが、本来のアラスター=ヴェルティル様の姿だ。
初めてこの姿を見たのは、結婚式を挙げた日の夜─初夜の時だった。
影として動く時のみ、この本来の姿に戻るのだと。この本来の姿を知っているのは家族と王家の人達と、妻である私だけなのだと。
普段の色のアラスター様は勿論カッコイイけど、この本来の色のアラスター様も、素朴な雰囲気になるのにカッコイイ。
「本当に……好き………」
「………本当に……リュシーは煽るのが上手いよね?」
ー煽ってませんけど?ー
「煽ったらどうなるか、しっかり身に覚えさせないといけないよな?」
「いえ、大丈夫で───!」
最後迄言葉を発する前に口を塞がれてしまい、そこからはアラスター様に翻弄され続けた。
******
目が覚めると、俺の腕の中ですやすやと眠るリュシーが居た。
ー幸せ過ぎるー
婚約してからも違う国で過ごし、結婚してからも違う領地で暮らし、ようやく同じ邸で住める!と喜んだのも一瞬で、スレ違いの日々を過ごしていた。そんな日々の唯一の癒しの時間は、既にベッドで寝ているリュシーを抱きしめて寝る時だった。勿論、寝ているリュシーに手を出す事はしないし、リュシーが俺を襲う事もない。
ー襲われても、吝かではないがー
うん。何度でも言う。襲われても吝かではない。
「んー……ふふっ………」
「…………」
ふにゃふにゃと笑いながら寝ているリュシーは、本当に可愛い。そのふにゃふにゃな笑顔は、俺だけが目にする事ができる笑顔だ。普段の隙のないキリッとした顔も綺麗で愛しい。
こうして、リュシーがここに居るのは本当に幸運な事だ。自分の事を優先し過ぎてリュシーを傷付けていたのに、リュシーが俺を切り捨てずに居てくれたから、今がある。
「リュシー、こんな俺を好きでいてくれて、ありがとう」
腕の中で寝ているリュシーの頭にキスをして、更にギュッと抱きしめてから、俺も眠りに就いた。
『夜迄待たなくても、手加減してくれなかったよね!?』
と、顔を真っ赤にして涙目でタメ口で怒られても、可愛いとしか思えなかったのは、リュシーには言わないでおいた。
❋❋❋❋❋❋❋❋
これにて完結となります。最後迄読んでいただき、ありがとうございました。
(ꕤ ᵔ ᵕᵔ) ˶ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾




