51 手に入れたモノ
「まさか、俺の手に入れたいモノを、あの馬鹿女に知られてるとは思っていなくて、そのせいでクレイオン嬢に怪我をさせてしまって…あの時は本当に申し訳無かった」
「あれはヴェルティル様が悪いのではなく、ユラが何も学んでいなかったのが悪かったんです。それに、王太子殿下に助けてもらいましたから」
ーその王太子が、まさかの前世の旦那様で番だった─何て事は絶対に言えないけどー
「これからは、俺がクレイオン嬢を護りたい。クレイオン嬢の側に居たい」
「ヴェルティル様……」
ヴェルティル様が私の手を両手で包み込むように握り締める。そのヴェルティル様の手が、とても温かくて心地良い。勿論、低音ボイスも相変わらず耳に心地良い。
その低音ボイスや手の温もりを、こんな近くで感じる日が来るとは思わなかった。
「私…リリアーヌ様とヴェルティル様に憧れてて…2人で幸せになってくれたら良いなと思って…でも、2人を見ているのが辛くなって……それで、丁度第二次成長期を迎えたから、2人から距離を取ろうと思って…」
「うん……」
「それで、リリアーヌ様が結婚すると聞いて…もう終わりにしないと─と思って……」
「うーん…終わりにされると困るかな?」
「…本当に……好き───って言って良いんですか?」
「ん?」
そう言ってヴェルティル様の顔を見ると、キョトンとした顔をしている。
「好き…です。ずっと好きでした。今でも好きなんで──」
「ちょっ……ちょっと待って!!」
と、ヴェルティル様が右手で自分の顔を覆い、左手で私の口を押さえた。
ーやっぱり、私の思いは迷惑なんだろうか?ー
「違う。今、クレイオン嬢が思っている事は違う。逆だから」
「逆?」
「ずっと好きだった子から、“好き”だと一気に何度も言われたら、嬉しいに決まってるけど……本当に嬉し過ぎて…どうして良いか分からなくなると言うか…恥ずかしくなったと言うか……」
「あ…………」
ポンッ─と、私の顔が熱を帯びた。私もようやく、自分の発言の恥ずかしさに気が付いた。至近距離で面と向かって“好き”を繰り返したのだ。
「す……すみません!今のは忘れて下さい!」
「いや、忘れないけどね」
「うー!!」
さっきの照れていたヴェルティル様はどこに!?と突っ込みたい程、今の一瞬でまた、勝ち気な微笑みを浮かべている。
「好きな子からの告白を、忘れるわけないよね?」
ー低音ボイスで囁かないで欲しいー
「リュシー…と呼んでも良い?」
「もっ……勿論です!」
「俺の事も、名前で呼んで欲しい」
「………アラスター様………」
「本当は“様”も要らないけど……まぁ、今はいいか……」
フワッと微笑むヴェル─アラスター様に、胸がギュンッと音を立てた。
「まさか…好きって言える日が来るとは…思わなかった…夢?じゃないですよね?」
「夢にされても忘れられても困るから─」
アラスター様は私の手を持ち上げて、私の手の平にキスをしたまま私に視線を向けた。
「これからは、遠慮なく想いを告げていくから…覚悟しておいて」
「無理です!!おっ……お手柔らかにお願いします!」
スッと細められた、アラスター様のその青色の瞳は、とても綺麗だった。
*リュシエンヌと別れてから、レイモンドの執務室にて(アラスター視点)*
ガツンッ─
「可愛過ぎるだろう!!!」
「「…………」」
『…本当に……好き───って言って良いんですか?』
『好き…です。ずっと好きでした。今でも好きなんで──』
忘れられる訳が無いし、夢にされたりでもしたら、たまったもんじゃない。
ようやく、彼女─リュシーが俺の腕の中に入って来たのに。
『好き』
破壊力がヤバかった。
ミントグリーンの瞳は涙でユラユラと煌めいていて、その瞳には俺が映っていて……
「本当に…どうしてやろうかと………」
「アラスター……お前……クレイオン嬢に何かしたのではないだろうな?」
珍しく、レイモンドの雰囲気がピリピリとしている。
「そんな簡単に手を出すわけがない。リュシーに嫌われたくありませんからね。ようやく、ここから始まるんですからね。ただ…本当に可愛過ぎて……色々大変なだけですよ」
「なら…良いけど……くくっ……アラスターのこんな姿を見れるとは……兎に角、おめでとう。クレイオン嬢と幸せになってくれ…」
「それは任せて下さい」
『幸せになってくれ…』と言った時のレイモンドの顔が、いつもよりも優しいモノだったのは気のせいではないだろう。レイモンド本人は気付いていないだろうが、レイモンドのリュシーに向ける眼差しは、いつも温かくて優しい。そこに恋愛感情は全く無い。“親が子を見守る”と言った感情に近いだろうと思う。その理由は分からないし、訊いても答えてはくれないだろうから、俺も敢えて訊くことはない。
「アラスターも上手くいって良かったわ。学生時代は、こそこそと牽制するのが大変だったわね…見ていて面白かったけど」
「誰のせいだと………」
リュシーは、本当に人気があった。あからさまに牽制すると、リリアーヌとの契約に問題が生じてしまうから、裏でこっそり動いていた。
「あれぐらいで諦めるようなら、もともとリュシーには不釣り合いだったって事だろう」
ー俺以外に、リュシーの隣に立たせる事はしないがー
「それもそうね。私達の可愛いリュシエンヌに、ひ弱な者は…必要無いわね」
リリアーヌもヒューゴも、リュシーを気に入っているのだ。“可愛い妹のような存在”なんだそうだ。
ー勿論、否定はしないー




