4 300年
「あのっ…すみません!本当に!」
「ふふっ…そんなに必死に謝らなくて良いわよ。どうせ、“私なんかが、恐れ多くもカシオス公爵邸になんて行けません”とでも思ったのでしょう?」
「ゔっ……バレバレで……」
ー正しく、その通りです!ー
「リュシエンヌと知り合ってから1年よ?もう、貴方が何を考えているかなんて、簡単に予想できるようになったわ。兎に角、“私なんかが”と言う理由で断るのは無しよ。必ず来ること。分かった?」
「分かりました……」
「……」
リリアーヌ様がニッコリ微笑めば、その隣でヴェルティル様が目を細めて笑っていた。
私─リュシエンヌ=クレイオン─は、豹族の獣人で、リリアーヌ様とヴェルティル様は人間だ。
かつて、獣人と人間は幾度となく争いを繰り返していた。それも、今から400年程前に平和条約が結ばれて以降争いはなくなったけど、身体能力の優れた獣人と、普通の人間との間には、どうしても力の差があり獣人が強い国になっていた。
それが、200年程前から人間が魔力も持つようになり、魔法を使えるようになると、獣人との力の差が少なくなり、今ではほぼ同等の力を持つようになった。そのお陰で、この国での貴族は人間と獣人もほぼ半数ずつ居る。それに、獣人が人間を見下すような事も減り、異種族で結婚する事も珍しい事ではなくなった。
そのせいか、この100年程で特に獣人には大きな変化があった。以前は、獣人と人間との子供は9割の確率で獣人の子が生まれていたが、今では5割となり、どちらが生まれてきてもおかしくない状態になっている。
人間の子が生まれると、獣人族から母子ともに一族から蔑まされたり、家督を継ぐ事が許されなかったりする事もよくあった。
一番大きく変わったのは、獣人特有の“番”の存在だ。異種族結婚を繰り返すうちに、獣の本能的なモノが薄くなって来ているのか、番を求める本能が無くなって来ている─と言う研究発表が出された。それに、番でなくても、魔力持ちの人間との間でも比較的子供ができやすくもなっている。
それでも、血の純血を重視する古株の獣人貴族が居るのも確かで、その古株貴族達以外では、獣人も人間も仲良く平和に暮らしている。
そんな訳で、人間のリリアーヌ様とヴェルティル様と、獣人の私も特に問題無くお付き合いをさせてもらっているのだ。
「番か………」
獣人にとって、番は今でもやっぱり憧れの存在とも言われている。ただ、本能が薄れてしまっているからなのか、番だと分かっても“どうしても手に入れたい!”と思う事はなく、番とは違う人と結婚したと言う事例も多々あるそうだ。
ー300年前もそうであったらー
「………」
なんて、今更思ったところで仕方無い。全て終わった事だ。
私の前世の記憶が蘇ったのは、私の8歳の誕生日の前日だった。『明日の誕生日会が楽しみ!』なんてウキウキしながらベッドで眠りに就いて……その眠りの中で前世の全ての記憶が蘇ったのだ。そして目が覚めた後のリュシエンヌは大変だった。
エリナにとって、恐怖の対象であった獣人に生まれ変わっていたのだ。それはそれは、パニックにも近いものがあった。リュシエンヌは獣人なのに、『わたしが人間だとバレたらどうしよう?』『また番が現れたらどうしよう』と恐ろしくなってしまい、私は自分の部屋から飛び出して邸からも飛び出して、そのまま庭先にある池に飛び込んで──
目を覚ますと、そこには父と、泣き腫らした顔をしたと母と兄と姉達が居た。
私が池に飛び込んだところを庭師が見ていたようで、すぐに救い出してくれたお陰で助かったのだと。『一体何があったのか?』『誰かに何かをされたのか?』と、私をギュウギュウに抱きしめながら訊いてくる両親や兄や姉達に、前世の話などできる筈もなく……『怖い夢をみて……ごめんなさい…』と、泣きながら嘘をつくのが精いっぱいだった。
それからは、両親と兄と姉達からは、過保護過ぎる過保護ぶりで見守られながら育つ事となってしまった。でも、そのお陰で“私はエリナではなく、リュシエンヌ=クレイオンなんだ”と思えるようになった。
今では、獣人としての誇りもあるし、家族皆の事が大好きだ。未だに過保護過ぎるのは…少し困るところもあるけど。
ただ一つ。やっぱり番に対してだけは抵抗があるのは確かだ。ただ、番と巡り会える確率は、この300年の間に更に低くなり、5%未満なんだそうで、滅多に巡り会える事はないだろう。出会えれば奇跡。
「奇跡なら、第二の人生を与えてくれた事だけで十分だわ」
エリナは苦しんだ。それなのに、アーティー様を恨む事なく、番であった自分を恨みながら最期を迎えたのだ。
ー今世では、一緒に幸せになろうー
私はそっと、記憶の中に居るエリナに声を掛けた。