1 プロローグ①
「エリナ、学校の帰りにケーキを食べに行かないか?今月の新作も美味しいらしいよ」
「行く!」
「よし!それじゃあ、この荷物を片付けて来るからエリナは教室に戻って鞄を取って来てくれる?それで、正門の所で待ち合わせしよう」
「分かったわ」
そうして、私は、婚約者であるアランと約束をした後、手を振って別れた。
私─エリナ─は、貴族とは名ばかりの平々凡々の男爵令嬢。茶髪に茶色い瞳の平均的な顔をしている。そんな私の婚約者のアランは子爵家の嫡男。アランもまた、私と同じ茶髪に茶色い瞳をしているけど、綺麗な顔の母親譲りの綺麗な顔をしている。私には勿体無いぐらいで、性格もとても優しい。そんなアランと私は幼馴染みで仲が良く、祖父母の代からの付き合いもあり、10歳の頃に婚約を結んだ。
そして、15歳で学校に入学し3年で卒業した後、直ぐに結婚する事になっている。この国の貴族ではよくある事だ。
学校に入学するのと同時に、週末はアランの家に訪れて花嫁修業をする事になった。花嫁修業と言っても、アランのお母様は私にはとても甘い。『顔だけが良い無愛想な息子より、エリナの方が可愛いわ!』と言って、実の息子のアランよりも私の事を可愛がってくれている。嫁姑問題は無さそうだ。
学校生活はとても穏やかで楽しい毎日だった。
そして、お互い卒業試験も合格し、後2週間程で卒業式を迎えると言う日、お世話になった先生達に挨拶をして帰る─と言うところで、アランの提案でデートをする事になったのだ。
放課後、待ち合わせてデートをしてから家に帰る
それは、3年の学校生活の間よくしていた事だった。だから、その日もごくごく当たり前のようにデートをする事になった。
ただ、それだけの事だった──
ー新作のケーキかぁ…楽しみだなぁー
アランと私のお気に入りのお店は、毎月新作のケーキが出る。その新作のケーキが出ると、必ず2人で食べていた。きっと、これからも続くんだろうな─と思うと、嬉しい気持ちになる。
「んー…アラン遅い──っ!きゃあっ!!」
「見付けた!!」
アランが来るのが遅い為、校内に戻ろうかな?と校舎の方に視線を向けようとした時、ふいに右腕を掴まれた。
「見付けた!」
「えっ!?な……何!!??」
『見付けた』
笑顔でそう言いながら私の腕を掴んでいるのは、茶髪に金色の瞳をした長身で、騎士のような体格の男性だった。
そこから私にとっては、恐怖でしかなかった。
「なんて奇跡だろう!私と一緒に来て欲しい」
「は?え?きせき?いっしょ?きゃあ─っ!」
その男性がそう言うと、私を横向きに抱き上げ勢いよく走り出した。
「エリナ!!」
「──っ!」
ーアラン!ー
名前を呼ばれて振り返ると、そこには正門の向こうから走って来るアランが目に入った。
「エリナ!」
「──っ!」
アランも走っているのに、私とアランとの距離はどんどん離れて行く。
私を抱き上げたまま走っているのに、とても速いのだ。落ちたら怪我をする─そう思うと怖くて声も出せず、ただただその男性にしがみつく事しかできなかった。
******
それから気を失ってしまったのか、次に私の目に入って来たのは、とても豪華な部屋の天井と─
「あぁ、やっと目を覚ましたかい?良かった」
「──っ!?」
私を抱き上げて走っていた男性だった。
私はあれから、2日間眠ってしまっていたそうだ。そして、その間に色んな事が変わってしまっていた。
「私と……アランとの婚約が……解消?」
「あぁ。もう既に解消されて、君は今は私の婚約者だ」
「何を………」
ー婚約を解消?後2週間程で結婚式を挙げるのに?ー
「君は、私の番なんだ」
「っ!」
“番”
人間の私だって知っている単語だ。
番は、獣人にとって何よりも優先される存在だ。運命、本能で結ばれる相手であり、番に出会った獣人はその番以外と結ばれる事はない。
そして、子供ができ難い獣人にとって、番とは子供もできやすいそうで、子孫を残す為に国からも番との婚約、結婚を優先する流れがある事も知っている。
何より驚いたのが、この男性だ。
“アーティー”
熊の獣人で公爵家の嫡男で私より5つ年上で、現在第一騎士団に所属している騎士だった。
モテるだろうな─と思う程の容姿をしている。きっと、男爵令嬢でしかない私にとって、これ以上無い程の相手だろう。誰もが憧れるような………
ーアランが居なければー
親同士が決めた婚約とは言え、私はアランの事が好きだった。でも、その婚約が解消され、アーティー様と婚約が調っていると言う事は、もう、アラン側もその事を受け入れていると言う事だろう。
受け入れられなかったとしても、相手は公爵だ。子爵や男爵では受け入れるしかないだろう。
ーせめて、最後にアランに会ってお別れができたら良いなー
結局、そんな細やかな願い事すら叶う事はなかった。
『大切な番を守る為に』
と言われ、実家にも帰してもらえる事はなく、そのまま公爵家で過ごす事となったのだった。