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棲めば地獄  作者: 納戸
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1.おばけなんてないさ-06

 

 時刻は1時過ぎ。

 既に明かりはなく、たった一つついていたスーパーの明かりが先ほど消えた。

 奈河と百閒は美和を守るため、門番のように部屋の扉の前に座り込んでいる。


「……はぁ、お腹空いたな」


 奈河は既に食べ終わったおにぎりの包装を握り締めた。

 こんな夜遅くまでかかるならもう少し食料を買い込むべきだった。

 今頃、八瀬はフルーツ饅頭を独り占めだ。

 あれは美味しい代わりに賞味期限が一日しかない。


「奈河殿、貧乏くじ体質ですなぁ」

「あはは……まあ、下っ端なんでいいんですよ」


 そう言いつつ、奈河は大学の時に先輩なんだからと後輩の尻ぬぐいをさせられたことを思い出した。

 多分、後輩でもうまくやる人はやるし、先輩でもこき使われる人はいるのだろう。

 自分はどちらかと言えば後者の人間なのだ。

 もう一度深い溜息を吐いたとき、隣の百閒の首がことりと傾いた。

 見ると三つの目はすべて閉じられており、気持ちよさそうな寝息も聞こえてきた。


 間違いなく寝落ちだ。


「百閒さん?ちょっと、暇だからって寝ないでくださいよ」


 奈河が半笑いでそう言いかけた時である。


「きゃーーっ!!」


 家の中で美和の悲鳴が上がった。


 奈河は反射的に扉を開け、靴を脱ぐのも忘れて部屋に駆けこんだ。

 見ると彼女が腰を抜かして見つめる先に男が佇んでいる。

 暗くて顔が確認できないが、中肉中背の特に目立ったところのない男だ。

 奈河たちがいるというのに入ってくるとは大胆と言うか、ようは舐められている。


「いやっ!来ないで!」


 奈河は美和の側に駆け寄って男性から庇うようにしながら急いで通報のための電話をかける。


「すいません、法務局鬼籍課の者ですが!今○○町2丁目のアパートで戸籍移管者が女性の部屋に押し入ってるんです!すぐに来てください!」


 男は奈河の声が聞こえているはずなのに逃げる様子もなく、こちらににじり寄ってきた。


「私は法務局鬼籍課の者です!今警察に通報しました!早く離れて!」


 そう言ったはずなのに、男は女性に絡みつくように体を重ねてくる。

 必然的に男の身体が奈河にも被さってきて、言いようのない気持ち悪さに戦慄する。


(うげ……気持ち悪っ!これが毎日続いてたの!?)


 奈河は思わず振りほどくために手を伸ばすが、触れることはかなわない。


「こっちには閻魔庁の職員だっているんですよ、ほら、百閒さん!ちょっと!」


 そう言って扉の前の百閒に声をかけるが返事がない。

 開きっぱなしのドアから見える彼はやはり眠っている。

 冥界の人間はこちらでは地に足が付いていない状態となるため、眠りが深い状態でぷかぷか浮かんで眠っている姿は随分と気持ちよさそうだ。


「百閒さん~!」


 いくら声をかけても起きないが、触れようにも触れられない。

 ここまでもどかしいと思ったのも久しぶりだ。

 奈河は仕方なくポケットからメモ帳を取り出しペンで書きなぐった呪符を叩きつけるように男に投げた。

 バチっと静電気が発生したような音が発生し、男が怯む。


 効いた、とはいえそれは小さな静電気が発生する程度の話だ。

 人間だって自分が乗る車に静電気が発生したら嫌だが別に死ぬほどの辛さではない。


「私が本気出したらこんなもんじゃありませんよ。痛い目見たくなかったら離れてください!」


 随分なはったりだが、男はまずいと思ったのか窓の方向からその姿を消した。


「すいません、もう少ししたら警察が到着しますのでこれ持って待っててください」


 震える女性の肩に手を置くと言い聞かせるように言い、さっき書いた呪符をその手に握らせた。

 奈河程度が書いたところで30分持つかどうか怪しい代物だが、持っていないよりはましである。


 こうなったら奈河一人で追うしかなかった。



 ※



「はぁ……うぇっ……吐き気してきた」


 奈河はけして運動神経が悪い方ではない。


 とにかく、相手が悪すぎるのだ。

 向こうは肉体がない分疲れない。

 つかず離れずの距離で奈河を振り回してそろそろ一時間くらいが経過しただろうか。


「お願い出てってばぁ!」


 先程から八瀬と茨木に電話をかけてはいるが、深夜なこともあって二人とも出ない。

 時刻は二時を回っているから当然と言えば当然だ。


 ここまで来たら奈河も意地だ。ストーカーの顔だけでも覚えて帰りたい。

 体力が限界を超えて思わず立ち止まると、前方から男が声をかけてくる。


「お前らはみんな馬鹿だ。あの家がなくたって俺はあの子にいつだって会いに行ける。家から出ずに生活できる人間なんていないんだからな」

 

 先ほどまでは一貫して声を出さなかったが、今は完全に奈河を舐めきっているようでよく喋る。


「はぁっ……はぁ、そんなっ……ことして……何がっ……」


 ヒューヒューと肺から変な音がする。


「はぁ?何言ってるか分かんねぇよ」


 言い返したくても、今喋ると胃がひっくり返りそうだ。


「お前みたいな正義感のあるやつが一番嫌いだ。目に見えるものは全員助けられるとでも思ってんのか?」


 その言葉に思わず奈河は座り込んだ。

 目が熱くて水分がたまり始めるのを感じる。

 22歳が道路の真ん中で座り込んで泣いているのは恰好悪すぎる。

 そう思っても、ぐさりと心に刺さったものはなかなか抜けない。


『ねぇ、奈河。本当は私、あなたに強くなんてなってほしくないんだよ』


 みんなを救おうとしたせいで、奈河は一番大切なものを救えなかった。それでもまだ、誰の声も取りこぼしたくない。

 そんな欲張りな自分を否定されているようだった。


 もう気力も体力もない。

 男の姿も見えなくなってしまった。


「自分を変えたくて鬼籍課に入ったのに……これじゃ昔と同じだ」


「うんうん、変わってないね」


「え」


 奈河が顔を上げると青年が奈河の顔を見てにっこりと微笑んでいた。

 随分派手な柄シャツに咲いた大きな向日葵が何輪も奈河を見つめている。


「大丈夫?」


 思わず尻もちをつくと、彼は手を伸ばして奈河を立たせた。

 お香のような匂いが奈河の記憶を呼び起こす。


 奇抜な服装のせいで一瞬面食らうが癖のない整った顔。

 爬虫類に触れた時のような、不思議な手の温度。


 彼は奈河が高校生の時に出会った不思議な青年だった。

 あの時から数年経っているはずなのに、耳に少しかかるくらいの髪の長さすら全く変わっていない。


「あっ、あの時の!」

「覚えてくれてたんだ!」


 あんな不思議な体験、忘れるわけがない。

 彼は興奮したように奈河の手を包み込む。

 やはりその手は人間にしてはひんやりとしている。


「忘れるわけがないですよ!なんだったんですかあれっ……て。あの、今ちょっとそれどころじゃなくて!」

「ね、奈河。僕がいればあいつ捕まえられるんじゃないの?」

「えっ?」


 なんで名前を知っているんだということよりも彼がこの状況を理解していることに驚いた。

 奈河の手を握ったまま目を細める彼の瞳からは真意が読み取れない。

 その口ぶりは悪だくみをする子供のようだ。


「忘れたの?僕とキスすれば、奈河はあいつに触れるんだよ」


 彼がいったい何者であるのか、もしかしてこれは()()()()()()行為なのではないか。

 そんなことが瞬時に頭を駆け巡る。


「奈河、触りたくないの?」


 奈河に迷っている時間はなかった。


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