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棲めば地獄  作者: 納戸
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1.おばけなんてないさ-05

 

「すいません、こんなとこまで来ていただいて。ひっ!?鬼!?」


「わたくしめは人間に害のない鬼ですので」


 八瀬と百閒に同伴して話を聞いてこいと言われた奈河が降り立ったのは法務局の二つ隣の駅であった。

 そこから歩いて10分ほど、比較的立地の良い場所にあるアパートの2階のドアを叩く。

 地方都市でこの立地、調査書の女性──本田美和が住むには少し高くつくのではないかと妙な勘繰りをしてしまう。

 奈河の予想に反して出てきた美和はふんわりとした雰囲気の可愛らしい女性だ。


「無害です。ご心配なさらず」

「あっ、はい……」


 彼女は百閒(ひゃっけん)の姿に驚き、そしてすぐに八瀬の容姿に目を奪われたようだ。

 要するに奈河のことなどまったく目に入っていない。


 ここに来るまでに調査書に目を通したが、美和はここ1年ほど見知らぬ男に付きまとわれており、ここ最近では家まで入って来られることもあったらしい。

 何度も捕まえようとしたが夜現れるせいで顔も分からないし、触れられないので捕まえることもできない。

 ほとほと困り果てて鬼籍課に相談しようと思ったとのことだ。


「法務局の八瀬と柊です。それと、閻魔庁の百閒さんです。部屋の中少し見せていただきます」


「あっ、はい。どうぞ」


 美和は百閒を家に入れることを躊躇(ちゅうちょ)しながらもそう促した。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(……んっ?だとしたらこの家に鬼籍の人間(ストーカー)が入れるっておかしい話だよね)


 八瀬は簡単な挨拶を済ませると、何故か百閒を手招きした。


「百閒さん、この窓から外に出てください」


 そう言って彼が指さしたのは閉じたままの窓だ。奈河も美和も不審な顔をする。


「ははっ!八瀬殿、窓を開けていただけないと私も外には出れないのですが」


 通常の建物の壁は実態を持たない鬼籍の人間が通りぬけられないような仕組みになっており、たとえ玄関からも許可された場合しか入ることができない。


 そうしないとどんな犯罪が起こるか分からないからだ。


 だから、百閒だって入るときは美和に許可を得て敷居(しきい)を跨いだ。


 八瀬は(かたく)なである。


「いいから」

「ぐっ……これだから最近の若者は。分かりましたよ」


 そう言って百閒がいやいや手を伸ばすと、なんとその手は()()()()()()()()()窓を通り抜けた。


「あれっ……?」


 百閒は驚いて何度も腕を行ったり来たりしている。


「えっ!?どうなってるんですかこれ」


 奈河も思わず窓を触ってみるが何の変哲もない。触れられるし、通り抜けることは不可能である。

 明らかに百閒だけが通れるようになっている。


「やっぱりそうですね。ここ、()()()()です」

「……どういうことですか?」


 美和の困惑ももっともである。

 こんなことはレアケースだ。

 ごく稀に透過防止構造を偽っている建築物があるというのは奈河も事例として聞いたことはあるが、本物は初めて見た。

 そもそも鬼籍の人間にとって家屋に入る前に許可を取ることは最低限のマナーであり、当たり前すぎて試してみようとも思っていなかった。


「ここって家賃安いでしょう。駅前の不動産屋覗いたんですけど駅近くてこのお値段なら相当良心的だ。何かあるんじゃないか、と疑いはしませんでしたか?」


 驚いた、八瀬は奈河がお腹空いたなどと思っている間にそんなところまで観察していたのだ。


「でも、別に事故物件じゃないですし……」


「今時事故物件なんか特に問題にはなりません。現世と地獄は昔よりずっと()()()がいい。それでもたまにこうやって()()が機能していない物件があるんです。法律違反なので訴えたら勝てますよ。じゃあ、原因は分かったということで」


 そう言った八瀬はあろうことか仕事は終わったと言わんばかりに玄関で靴を履きはじめた。

 美和は呆気にとられるがすぐに奈河の手を引いて懇願するように縋り付いた。


「そんな!今すぐ直してください!修繕費なら払いますから!」

「私たちはそういった業者ではありませんので」


 八瀬がすげなく告げるたびに奈河の腕に美和の爪が食い込んでいく。

 必死なのは分かるので振り払うこともできないがあまりに損な役回りだ。


「じゃあ明日業者呼ぶまででいいんでここにいてください!市民のこと守るのが公務員ですよね?」

「はぁ……そう言われましてもボランティアじゃないので」


 必死に食い下がる女性に、八瀬は眉すら動かさない。

 だが、どうにか解決策を提示しないと女性が奈河のことを離さないと分かると流石にすぐに帰るのは諦めてくれたようだ。


「うーん……呪符あればその場しのぎにはなりますけど、柊さん持ってる?」

「もっ、持ってないですよ!」


 奈河は美和の強い力にバランスを崩して転びそうになりながら言う。

 呪符(じゅふ)、現世で鬼籍の人間を捕縛・隔離するために使う札のことである。

 つまり、鬼籍の人間からしてみれば銃や刀を持ち歩いているようなものである。

 一応緊急用に書き方を習ってはいるが奈河や八瀬程度だと効果は1時間も持たないだろう。


 隔離に特化したものを特に護符(ごふ)と呼び、これが建築物の壁や天井に使われて鬼籍の人間がその家に入ることを拒んでいる。

 護符は場所によって、建築物によって緻密に計算されて作られるため奈河たちがすぐに指し出せるものではない。


「お願いです、今日一日だけ泊まってもらえないですか……?」

「うちは慈善事業じゃないのでそういったことは出来かねます」


 あまりの無慈悲さに美和は目に涙を溜めている。

 このままでは埒が明かないと思った奈河は勢いよく手を上げ宣言する。


「あっあの!私泊まります!泊まりますので!」


 つくづく奈河はこういう時にうまく逃れる方法を考えるのが苦手なのである。

 まあ、逃げたところで後から死ぬほど後悔するのは目に見えているので、これが正解なのだ。

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