思わぬ遭遇
「…今日はだいぶ遅いな」
今日は日曜日。学校が休みのこの日、俺はゆっくりと自宅でゴロゴロしたいがために数時間前に受けた心美からの「お兄ちゃん、公園行こぉ」という誘いを蹴って、まったりとゴロゴロを満喫していた。公園は家からさほど遠くは無い、歩いて二、三分の距離だ。にも関わらず一人で遊んでいるにしては帰りが遅い気がする。心美が家を出たのが確か、昼食を食べて少し経った…おそらく午後2時前頃なのだが、現在時刻は午後五時過ぎ。いつもなら一時間、長くても二時間後くらいには帰って来てたはずなのだが、今日はやたらと帰って来る気配が無い。
「少し心配になってきたぞ…」
何かあったのなら大変だ。ちょっと様子見に公園まで行くべきだろうか…兄として。一人で遊んでいる所で誰かに誘拐なんてされたら大変だ。
「…うむ、やはり心配だ。行こう」
そう決心し、すぐさま靴を履き、玄関まで行き、ドアノブに手をかけた瞬間、とても大事な事に俺は気がついた。
「…あっ、やべ。俺今パンツ履いてねぇ」
☆●◇■△▼移動中▽▲□◆○★
「…さて、到着っと」
こちら佐神亮太。無事、目的地の公園に到着いたしました。遊具はブランコ、鉄棒、砂場、滑り台、そして小さめのカラフルな色合いのジャングルジム。あとはベンチが一つあるくらいだな。そこまで大きな公園では無いし、わざわざ園内に入らなくても少し遠くから見渡せば心美がいるか、いないかくらいは確認できる。
「ど~れ心美は~?」
と、次の瞬間。思わぬ光景を見てしもうた。
オラびっくらこいただよ。
ところでどうでも良い事だが、大して日差しが強い訳では無いのにも関わらず、人間の本能というか癖なのかはわからないが遠くを見渡す時、ついサンバイザーの如く広げた手を額に当ててしまうのはなぜだろうか。
あ、そうそうびっくらこいた事とと言うのはですな。
「へぇ…キミ、亮太の妹なんだ」
「うん!将さんは、お兄ちゃんと仲良いの?」
「うんうん。凄い仲良しだよ~、俺と亮太は」
なんとまぁ不思議な事に公園のベンチで心美と仲良さげに会話をしているよく見慣れた人物がいるじゃないですか。
「にしても、初耳だぞおい。亮太に妹がいたなんて…あの野郎隠してやがったな?」
なぜか近所の公園に我が友、もとい疫病神の笹橋将の存在がソコにはあった。
「ギャフン」
咄嗟に言ってしまった。
というか、どうして今ここにアイツがあんなところに存在しているのだ。暇人か。アイツは。
…暇人だったわ。アイツ。年中無休の。
「んで、亮太は今どこにいるんだぁ…?こんなにカワイイ心美ちゃんを一人にして…さては、ま~たキャバクラか」
「きゃば…なに?」
「行ったこと無いわぁぁああああああああ」
「うわっ!?亮太、お前そんなところに!ストーカーか!シスコンか!」
「誰がストーカーだ!誰が。ってか、心美に変な単語を教えるんじゃねぇ!まだ六歳だぞおい!?」
くっ…せっかく隠れていたのに。いろいろと我慢していたモノが爆発して、飛び出し、ツッコンでしまった。何より、あのまま話を続けさせていたら、純白で無垢な心美が汚れてしまうところだった。これで良かったんだ。これが最善の策だった。うん。
「心美の帰りが遅いからちょっと心配になって来てみれば…」
「いや~、俺も公園で偶然会った女の子が亮太の妹だとは思いもしなかったぜハッハッハ。ところで亮太くん」
「どうした急に改まって気色悪い。あ、いつもの事か」
「君に妹がいるなんて初耳なのだが、どういう事か説明ー」
「拾った」
「はあぁ!?おま、それ、誘拐…」
「あー、えっと順を追って説明するとだな…」
☆●◇■△▼説明中▽▲□◆○★
「…という事だ」
十分ほどかけて大体のあらすじを将に説明した。途中途中あーだこーだとツッコまれたが、事実なので仕方ない。
ちなみに心美にはもうしばらく遊んでこいと言い、少し離れた場所で自由に遊ばせている。もちろん公園内だ。
「心美が一緒にいたいと言ったから今はそうしてる」
「いや、でもよ。ソレってやっぱ誘拐になるんじゃ…今更でも一応警察に行った方が」
「まぁ、待て将。考えられる色んなパターンを想像してみろ」
「パターン…?」
「心美を警察に預けたとして、運良く本当の両親が見つかれば良いが。もし見つからなければ心美は即、養護施設行きだ」
「まぁ……そう…なるか。でも、お前の家なんかよりも施設の方が設備は良いんじゃね?」
ふむ、将にしてはもっともな意見だ。確かに設備に関してはしっかりとした施設の右に出る場所は無いだろう。俺の家なんて論外も良いとこだ。
だが、甘いな将。着眼点はそこだけでは無い。
「まぁ、他のパターンも考えてみろって」
「えっと…どうなるんだ?」
「俺も絶対とは言えない。あくまで推測だが…心美は現在記憶が無い。精神科病院搭載の施設に送られた場合、脳や精神…下手したら身体に消えないような傷ができてしまう可能性がある」
「…心の傷ってヤツか」
「他にも、本当だろうが嘘だろうが小さな子を虐待するようなヤツに引き取られたら心美はどうなるよ?」
「う~ん…なるほどな。実の親が虐待するヤツって事も有り得るのか…でもよ」
「俺は…心美が一番幸せになれる道を辿りたい」
「…ッ」
まだ反論する将に無理矢理セリフをねじ込む。
今ので反論の言葉を失ったのか。口の動きが止まった将を確認して、俺は自論を続行した。
「…例えそれが法律上では罪だとしても、俺は心美を育て上げる。そう決めたんだ」
「…なんで見ず知らずの女の子にそこまですんだよ?」
「だって可哀想じゃねぇか。まだ六歳なのに自分の本当の名前、本当の親、本当の家。何もわからねぇんだ…。もちろん記憶が戻った時や、心美が俺から離れたくなったら無理に引き止める気は無い…もし良い施設を見つけた時、ソコへ行きたいと言い出したなら、もちろんソコへ預ける。だから頼む将。この事は他のヤツらや警察には言わないでくれ…この通りだ」
しっかりと頭を下げ、事実を知った将に懇願する。将が精神的に取り乱しているのは顔を上げなくても知っている。俺が将にこんな態度を取るのは初めてかもしれないのだから。
事の重大さを理解しているからか、いつもなら一言余計なセリフを吐いて茶化す将だが、今回に関しては何も言ってこない。
やがて沈黙の時間は幕を閉ざす。
「…羨ましいねぇ心美ちゃんが」
下げた頭をハッと上げ、将と向き合う。ソコには無駄に爽やかで青年風な表情で微笑みながら心美の方を見る将の姿があった。
その表情を見て確信した。コイツは既に、俺の頼みを了承していると。
…そうと分かれば、もうこんな真面目で重苦しい空気なんて要らないな。
「なんだ?嫉妬か?(笑)」
「うん」
「うんじゃねーよ。気持ちわりぃ…サンキュ」
「…オゥ」
その後。すぐに日が暮れている事に気づいた俺ら三人は、それぞれの帰るべき宅へ戻っていった。
「おにーちゃん、きょうのごはんはー?」
「んー。そうだなー」
「ごちでーすっ!」
「帰れカメムシ」
「カメムシ!?」
なんやかんやで、もうしばらく俺と心美の同居生活は続きそうなのであった。