誰がために
「なんだ…泣いてんのかお前…柄にも無く」
「誰のせいだ…誰の」
日はとっくに暮れ、暗闇が支配する路地裏。俺達は互いが落ち着くまでそこにいた。
「ってか心美ちゃんは?一緒じゃないのか?」
「…いなくなった」
「…そっか」
将はそれ以上追求しては来なかった。
「あー考えても埒が明かねぇ!とにかく飯だ飯!腹減った!お前も来い!」
「相変わらず凄いな。お前の切り替えの早さ」
普段おちゃらけてばっかりのクソ野郎だと思ってたが、さっき話していて分かった。
コイツは真面目だ。きっと誰よりも。他人の事を常に考えて行動できる人間なんだ。自分の事だけで精一杯だった俺とは違う。ほんのちょっとだが、将と友達で良かったとさえ思ってしまった。
「とりあえず腹膨れたら探すぞ…二人で」
「…おう」
路地裏を出れば繁華街。美味い店はたくさんある。適当に近くにあった有名ラーメンチェーン店に二人で入店。
「あ」
「?」
「財布忘れた…奢ってちょ!亮太ぁ!」
「…」
前言撤回だ。
☆●◇■△▼*▽▲□◆○★
「ヘイ!ラッシャイ!」
店の暖簾をくぐると威勢のいい店主が俺たちを出迎えてくれた。今は深夜帯。客は俺達だけのようだ。
「二名です」
「あいよ!券売機から好きなの買ってくれ!」
「お、ここは食券制か…」
「おい、これ見ろよ亮太」
「ん」
将が指差したのは券売機…では無く、その横に貼られている商品のポスター。そこには大量の具材が盛り付けられた巨大なラーメンの写真、その下に「チャレンジ超大盛りラーメン」と描かれている。
「時間内に食い切ったら無料だってよ」
「お前まさか、やるとか言わないよな?失敗したら五千円って書いてあるけど」
「ふっ…まかせろ。これは試練だ。過去に打ち勝てという試練と俺は受け取った…」
「何言ってんの?お前」
「ヘイ!ラッシャイ!」
そんな訳で将は大盛りラーメンを。俺は普通の醤油ラーメンを頼んだ。パッと見比べただけでも将が頼んだラーメンは普通の量の四倍以上ある。そして何より具材が山盛りだ。制限時間は一時間。果たして食い切れるのだろうか。
「それじゃ、行きますよ?」
「うし…来い!」
「スタート!」
「いただきますっ!!」
「…いただきます」
店主がタイマーをセットしてから将が大盛りラーメンにがっつく。隣で俺は普通のラーメンを普通に食べた。
三十分程で俺は完食。隣を見ると将の器の中身は半分くらいになっていた。これは行けるかと思った矢先、将の食べ進める速さが急激にガタ落ち。やがて箸を器に置いて手放した。顔が物語っている。「吐きそう」と。すると持ち主の意思に呼応するかのように、将の使っている割り箸の片方が突然パキッと割れた。なぜ割れたのかは謎。
(終わったな…)
誰もがそう思った。勝ったと言わんばかりに店主がニヤリと笑みを浮かべる。しかし俺は見た。まだコイツは死んでいない。目にはまだ闘志が宿っている。再び箸を手に食べ進める将。片方だけになった箸でだ。
「なにいっ!?そんな馬鹿な…」
「将…お前…」
「一体、腹のどこにそんな余裕が…」
「ふっ…んなもんとっくの昔にねぇよ…根性だ!」
「根性…?根性だと…!?コイツ箸一本しかねぇんだぞ…!有り得ねえだろうが!!ふざけんなよなぁ!!」
将の根性戦法と店主との攻防が続く事数分。気がつけばタイムリミット残り一分になっていた。将の器の中…残りはスープに浮かぶメンマ二枚とチャーシューが一枚のみ。
「あと一分だ将!」
「あぁ…神様…」
残り…十秒。
「ありがとうございます…っ!」
将。見事に大盛りラーメンを完食。ここでタイマーが時間切れの知らせを鳴らす。
将の完全勝利だ。そう思っていた…。
しかし笑っていたのだ。店主は。
「クフッ…クフフ…かかったな!このスカタンがぁ…!」
「なに!?」
「アレをよく見なぁ!」
そう言って店主が指差したのは先程のポスター。この大盛りラーメンについて色々書かれている広告だ。
「?…あれがどうしたって言うんだ」
「下の方をよぉ~く見てみな!マヌケがぁ!」
「下の方…?あ…あああああああ…」
【※スープを全て飲み干して完食となります】
書いてあった。ポスターの一番下に。
卑怯ッ!圧倒的卑劣な罠ッ!
「あぁ、そんな…嘘だ…夢だろ…これ…」
「クフフ…ところがどっこい夢じゃありません!」
崩れ落ちる将。
高笑いする店主。
俺はそんな彼らを後目に、財布から札を取り出すのであった。




