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隣には

目的地へ向かう前にスーパーでナイフを購入した。あくまで護身用だが、分からない。俺のその時の情緒によっては変わるかもしれない。まだ指名手配の張り紙なんて物は無いが、テレビのニュース速報で俺の顔は割れている。今朝の新聞にも顔写真が載っているかもしれない。念の為マスクを着用して入店。無事購入。

路地裏前に到着して深呼吸。いざという時を視野に入れ、意を決して奥へ進む。買ったナイフは片手に常備し、見えないよう背に隠した。ちょうど路地裏の中間辺り、パーカーのフードを被った男が一人、壁に寄りかかって立っていた。待ちくたびれたと言わんばかりに、気だるそうに体を壁から起こして俺の方に向き直る。

面と向かっての第一声。どんな恨み辛みを吐き出してやろうかと考えていると、男はコチラへ猛ダッシュして来た。何も言わずにただ突っ込んで来た。見たところ丸腰。少なくとも手には何も持っていないように見える。

男は俺の目の前まで来たところで大きく右腕を振りかぶった。


(殴って来る…!)


即座に判断できた俺は背に隠していたナイフを男に向ける。やはり殺るしか無い、と。

男のフードが風で取れた。そいつの顔は…


「よお…亮太」


俺のよく知る人物、腐れ縁の笹橋将だった。


「え…なん、どぅえ!?」


呆気にとられて俺の身体が一瞬硬直する。ナイフを振ること無く、俺はそのまま将に顔面をぶん殴られた。血は出なかったが血の味がする。コイツぶったね、親父にも打たれたことないのに。

持っていたナイフは宙に舞い、少し離れた地面に突き刺さった。殴られた俺は仰向けに倒れた。


「いってて…まさか、お前が心美の父親だったとは…」

「ちげぇよタコ」


なんだ違うのか。


「横塚からスマホを借りてお前に連絡した。絶賛行方不明中のお前にな。まさか、あんなにあっさり返信が来るとは思わなかったが…」


確かに。相手がコイツだったから結果的には良かったが、もっと警戒した方が良かったかもしれない。もし篠原竜汰がハッキングやウイルス、ネット環境に干渉できるスキルを持っていたならば、俺の位置なんてとっくに特定、暗殺されてた可能性もある。

将は倒れたままの俺の胸ぐらを掴む。


「なぁ…俺達腐れ縁なんだろ?亮太、お前いつも言ってたよな…」


将が何か言っているが、俺は目を合わせられずにいた。今となっては合わせる顔が無い。どんな顔で話を聞けば良いのか分からない。


ポタッ


最悪だ。雨か。こんな時に。


「心美ちゃんを守りたいのも、委員長が死んで混乱して逃げたくなる気持ちも分かる…分かってるさ!でも、だからって一人で抱え込んでんじゃねえよ!腐れ縁だろ!?テメェが勝手に縁切ってんじゃねえ!腐る時は一緒だ!俺は…っ」


突然言葉に詰まる将。俺は不意に目を合わせてしまった。

良かった…雨じゃなかった。


「こんな時…お前の隣に居てやれねえほど…弱い…存在なのかよ…」


俺は約十年ほど将と付き合いがあるが、コイツが涙を流しているのを今初めて見たかもしれない。

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