狼煙
「あれ?そういえば笹橋くんは?」
「本当だ、いねぇや」
「八つ橋さん迷子?」
後ろを振り返ると将がいない事にようやく気づく。ちなみに今は入園から一時間くらい経過している。俺達が心美を奪い合いつつ様々なアトラクションを楽しんでいた間、将は一人迷子になってしまったようだ。
「ったく、しょうがないヤツだ」
「あ、あれ!笹橋くんじゃない?」
早速横塚が人混みの中にいる将を見つけた。この一瞬で見つけるとは、恐るべし委員長の観察眼。
「おーい!将ー!」
俺は人混みの中必死に声をかける。何度か呼びかけてようやく彼はコチラの存在に気がついたようで、慌ててこっちに向かって走って来る。何か言いながら向かっているようだが、人混みの喧騒に掻き消されて何一つ聞き取れない。
「おーい、何をそんなに焦って…」
「逃げろお前らああああああああ!!」
ようやくハッキリと聞こえた将の声。そして「逃げろ」という単語。いつもなら変なイタズラやドッキリを疑う所だが、将の余裕の無い、凄まじいの形相を見てその類いでは無い事を悟る。
将の視線の先を見る。
人混み…の中の俺達…の…後ろ。
俺は振り返り驚愕した。
男が拳銃を構えていた。コチラに銃口を向けて。その先にいるのは…
「伏せろ!心美いいいいいいいいいいいいい!!」
園内に響く銃声。さっきまでの喧騒が嘘のように辺りは静まり返り、満喫していた有象無象が音の出どころに視線を注ぐ。
そこには銃口から煙を上げた拳銃を持つ男と、鉛玉に体を撃ち抜かれて胸から血を噴き出す少女。委員長こと、横塚聖羅が倒れた。
どこからともなく聞こえた鼓膜をつんざく誰かの悲鳴。将はその場にヘタリ込み、俺は今の光景を前に動く事ができずにいた。
発砲した男から逃げ惑う人々。
男を捕らえようと掴みかかるスタッフと一部の男性客。
傷口から止めどなく血を流し続けるクラスメイト。
俺はこの時どれほど酷い顔をしていただろう。それは知る由もないが、俺の顔は次の瞬間更に酷くなっただろう。
横にいる心美を見る。
笑っていた。
横塚を撃ち抜いた男を見て心美は笑みを浮かべていたのだ。
「おい…お前何笑ってー」
「お前かああああああああ!!」
心美に声をかけようとしたが、その声は別の声によって遮られた。発砲した男の声だ。男性陣に取り押さえられながらも、必死に俺を指さして叫んでいた。
「お前が…協力者か!ふざけるな!…俺が…俺達がどんな思いをしたかも知らないで!」
男が何かを必死に訴えかけてくる。もちろんなんの事か、俺に身に覚えは無い。それに何より、俺は今この男の話を聞けるような精神状態では無かった。混乱し続けている俺を気にも止めず男は何かを訴え続ける。
「殺せ…早く誰か…その悪魔を殺せえええ!!」
その言葉を最後に、男は喧騒の中に消えていった。




