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あなたは私の光



 私はネクロムから逃れようと、その胸を叩き、腕を掴む。


「大人しくしていろ、リリステラ。幾夜も、共に過ごしただろう」

「離して……っ」

「それほどあの小僧がいいのか? その命を奪ったら、私が新たな命を吹き込みお前の傍においてやろう。骸人形となれば、老いもせず死ぬこともない。永遠が約束される」

「そんなもの、アルベール様ではありません……!」

「お前の望むままの言葉をくれる、人形だ。お前の従者にしてやろう」

「愚かなことを……」


 なんて、悲しいのだろう。

 ──ルーゼやコルフォル、他の幻獣たちのように、彼にも私たちと共に生きることができたかもしれないのに。

 

 うららかな陽射しの中で、柔らかい風にふかれるような。

 そんな──優しい時間を過ごすことが、できたかもしれないのに。


「ネクロム、リィテを返してもらいにきた」

 

 私たちの元へと、アルベール様がやってくる。

 暗い世界に差し込む一筋の光のような。


 意志の強い金の瞳は、まるで星のように輝いている。そこにいるだけで、空気さえ変わってしまう。

 いつだって私の心に希望をくれる。


 雄々しくも美しい──私の、ただ一人の愛しい人。


 古の記憶を私はいつか夢に見た。ステラという少女は、ルーゼの傍にいるときだけは安らげた。

 その魂がたとえ私の中にあるとしても。


 でも、私は、私として。リリステラ・フェデルタとして、アルベール様を愛している。

 

「アル様、皆は……!」

「コルフォルとジオニスが守ってくれている。大丈夫だ」

「あぁ……よかった……」


 ジオニスさんとコルフォルがいるのなら、フレアたちは無事だろう。

 足の力が抜けるような安堵感に、私は微かに微笑んだ。


「リィテ、よく頑張ったな。よく、フレアを守ってくれた。俺は君を、誇りに思う」


 何も言わなくても、伝わるのだろう。

 その言葉は私の心に優しい雨のように降り注ぐ。

 私は頷いた。何もできなかった。無力で、情けなくて。

 ──私に戦う力があればと、思わない日は一度もなかった。


 それでも私を認めてくれる。それだけで私は、勇気づけられる。


「アルベール、そこを動くな。リリステラの首が落ちるぞ」

「……お前は、何がしたい。古の憎しみを引きずり、こんな場所に気の遠くなるほど長い時間身を隠して」

「わかっているのだろう、ルーゼ。リリステラはお前が欲した少女の魂を持ち生まれた。私はこのときを待っていた。ずっと、待っていた」


 ネクロムは私の顎に手をかける。首を絞められるのかと身構えた。

 でも、苦しさはやってこない。顎を引きあげられて、上を向かされる。

 ネクロムの瞳が何か言いたげに私を見つめる。


 その瞳の奥にあるのは──乾いた、餓え。

 哀れなほどに何かを望んでいる。苦しいぐらいの激情が、暗い炎のように燻っている。


「一歩でも動けば、リリステラを殺す。リリステラ、私のものになれ。肯定以外の返答は不要だ。ルーゼの前に骸を晒したくないのなら、私を受け入れろ。そうでなければ、再びお前を骸にし、お前を私の傍に。永遠に、侍らせてやろう」

「……あなたは私のことなど、愛していません」

「愛していると言ったら? 私はルーゼが憎い。そして同時にお前が欲しい。ルーゼからお前を奪うことが、私の復讐だ。お前の愛を私が手に入れる。私を受け入れろ、リリステラ」

「……っ」


 ネクロムの腕が私の腰を引き寄せる。

 顔が近づき、唇が重なる。

 アルベール様のものではない唇が触れて、きつく閉じた唇の狭間に長い舌がねじ込まれる。


 私はその舌に思いきり、噛みついた。


「……っ、お前」

「私に、触らないで」


 ネクロムの口から、赤い血が流れる。幻獣の血も、赤い。

 父にふるわれた暴力の記憶が、路地裏で男たちに襲われた記憶が、そしてラウル様に犯されそうになった記憶が、浮かんでは消えていく。


 シャボンの泡の様にぱちんと弾けて消えて、あとには私を優しく愛してくれた、アルベール様の温もりだけが残っている。


 だから、怖くない。震えたりしない。


「──あなたは、私を見ていない。あなたの感情は、ルーゼにのみ向いている。まるで、母を求める子供のように。自分だけを見て欲しい。自分以外に、特別を、作らないで欲しい、と」

「知ったようなことを……」

「あなたは! あなたは、ルーゼを愛していたのでしょう? ルーゼに、愛されたかったのでしょう。だから、自分ではない誰かを愛したルーゼが憎かった。だから、ルーゼの特別を、奪った」


 ネクロムや他の幻獣が、ルーゼから生まれたのだとしたら。

 愛を知らないルーゼから生まれた幻獣たちもまた、愛を知らなかった。

 だから求めた。自分を愛して欲しいと。ネクロムは、願った。

 その感情に名前をつけることは難しいのかもしれない。


 それは、思慕ではなく、果てしない渇望だ。


「ルーゼが好きだと、ただ伝えればよかったのに。ネクロム……私は、友人としてあなたを愛することはできたかもしれない。でも、私が愛しているのは一人だけ。あなたのものにはならない。あなたも、私を欲してなんていない」

「黙れ……! あぁ、そうか。お前も無用だ。私を受け入れないのなら、お前は、もういらない」


 ネクロムの手の中に、闇色の剣が現れる。

 感情に呼応するように、黒い翼が大きく広がる。


 ──その剣が私に向かって振りおろされる。逃げる暇など、与えられないほどに。


「リィテ!」


 私の体は、思いきり突き飛ばされた。

 私の居た場所には、アルベール様がいる。

 その剣が、アルベール様の胸へとまるで吸い込まれるように──深く、沈んで行く。


 悲鳴も、あげることができなかった。


 見開いた瞳に、膝から崩れ落ちるアルベール様の姿が映った。


 

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