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救出


 ◇


 ルーマスティアからの使者が来ると、ネクロムが言った。


「ルーマスティアとは友好関係にある。ヒルドバランは食料をルーマスティアから輸入している。だが最近は、かの国も日照りが続き作物が不足しているようだ。人と言うのは食わねば死ぬ。面倒なことだ」

「……ヒルドバランの人々は困窮しているのではないですか」

「さてな。私にはどうでもいいことだ」

「あなたは王でしょう?」

「人は死ぬ。だが、それ以上に増える。それを私はよく知っている」


 私はネクロムに連れられて、玉座の間に向かっている。

 王妃の寝室に連れて行かれた日から、私はネクロムと共に過ごしている。


「ルーマスティアにはお前を妻に迎えると伝えた。フェデルタにも使者を出した。愚鈍なルーゼは、私がお前を攫ったのだとまだ気づかないようだからな」

「……ルーマスティアからの使者とは」

「ルーマスティア王が、私とお前の婚礼の祝いを持ってきたらしい」


 私はネクロムの手を握る。あれから私は、フィーナとフレアに会っていない。

 今なら──お願いできるのではないだろうか。


「フレアやフィーナも一緒にご挨拶をしてはいけませんか? ルーマスティアからの祝いの品を見たら、二人とも、少しは元気がでるのではないかと思います」


 侍女から聞いた話では、二人とも塞ぎ込んでいて部屋からあまり出ないのだという。

 食事もあまりしないらしい。せめて二人の顔が見たい。


「二人を連れて行けば、お前は喜ぶのか?」

「はい」

「……では、そうしよう」


 ネクロムの命令で、侍女が二人を連れてきてくれる。

 やや憔悴して見えるものの、血色は悪くない。私の顔を見て嬉しそうに笑顔を浮かべてくれる。

 私は二人に駆け寄って、その体を抱きしめた。

 

「お姉様!」

「リリステラお姉様!」

「二人とも、よかった……食欲がないと聞いたわ。ご飯を食べなくてはいけない。元気でいないと。ね、お願いよ」

「うん」

「……リリステラお姉様、お家に帰りたい」

「そうね……」

「私、フェデルタ語を覚えたの。フレアが、教えてくれた」

「フィーナお姉様、フェデルタ語、上手」

「そう。すごいわね、フィーナ。ありがとう、さすがね、野ウサギ隊長」


 私は二人の髪を撫でる。それから立ち上がり、二人の手を引いて歩き出した。

 

 謁見の間の玉座に座るネクロムの横に、私たちは並んだ。

 これでは──本当に、王妃だ。

 ルーマスティア王とは面識がある。私がアルベール様の妻になったことを、彼は知っているだろうか。


 知っているとしても、ヒルドバランとの友好関係を破棄してまで私を助けてくれたりはしないだろう。


 或いはネクロムが幻獣であると伝えたら──。

 

「この度は、ご結婚おめでとうございます、ヒルドバラン王」

  

 ルーマスティアの兵士たちが、沢山の貢ぎ物を運び込んでくる。

 大きな宝箱、宝剣、宝石。その前で、ルーマスティア王がネクロムに祝福の言葉を述べる。

 ルーマスティアの兵士たちが、ルーマスティア王の後ろに並ぶ。

 目深に布を被っているのは、貴人の顔を見ないようにというルーマスティアの兵士たちの礼儀だ。

 口元しか見えないので、兵士たちの判別がしにくい。


 けれど──あれは。


 私は唇を軽く噛んだ。感情が、表に出ないように。あくまでも、平静を装うために。

 

 その口元に、首筋に、見覚えがある。他の誰でもない。

 ルーマスティアの兵士たちに紛れて、顔を隠している。

 ──アルベール様だ。


「我が息子が、陛下の前で是非演舞を披露したいと言っているのだが。ご許可を願えるだろうか」

「あぁ、もちろんだ」


 ネクロムは穏やかに笑いながら言う。

 

「クラウディス様、お願いがあります。演舞を近くで見たいのです。もっと近寄ってもいいですか?」

「……構わない」

「ありがとうございます。フレア、フィーナ、行きましょう」


 私はネクロムに礼を言うと、玉座の隣から階段を降りて、ルーマスティア王の傍に近づいていく。


 ルーマスティア王の傍にいた小柄な少年が、フードつきのマントを外した。

 布と複雑な刺繍で作られた華やかな衣装を着て、腕や首に装飾品を身につけた愛らしい少年──キルシュが、刃の広い剣を持ち私たちの前に進み出る。


 私はフレアの手をきつく握る。フレアはきゅっと唇を結んで、小さく頷いた。

 

「ルーマスティア王の子、キーシュと申します。ルーマスティアの伝統的な喜びの舞です、どうぞご覧ください」


 剣をうやうやしく両手でネクロムに捧げて、キルシュは踊り出した。

 ルーマスティアから来たのだろう楽隊が、明るい音楽を奏でる。

 音楽に合わせて、兵士たちが手拍子をしている。

 

 私も同じく、手拍子をした。

 アルベール様、キルシュ。どうか、どうか無事で。

 助けに来てくれてありがとう。今すぐ、あなたに駆け寄りたい。

 ──あなたが、大好き。


 その感情を押し殺しながら。ふとすると、泣き出しそうになってしまう。

 泣くのは、後だ。無事に逃げることができたら、思いきり泣こう。


「ヒルドバラン王、ご結婚、おめでとうございます! 愛らしい姫君に、どうかご挨拶をさせてください」


 のびのびと魅力的に、美しい演舞を終えたキルシュが、フィーナの前に進み出る。

 驚いているフィーナの手を取ると、その手の甲に口をつけた。


 そして──キルシュは、フィーナとフレアの手をとって、ルーマスティアの兵士たちの元に一気に駆ける。


「どういうことだ!?」


 ネクロムが怒声と共に立ちあがった。

 私もキルシュたちの後を追う。

 ネクロムから離れるため。アルベール様の元に行くために。



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