ルーマスティアとの協定
◇
ジオニスと共にルーマスティアに行くと、父に伝えに行った。
ルーゼ以外の幻獣は、国の守護のためにフェデルタに残し、父にその使役を任せることにした。
リリステラとフレアを助けるために、フェデルタの守護を空にするわけにはいかない。
「ルーマスティア王に頼み、姿を隠しヒルドバランに忍び込みます。まずは、リィテとフレアを救出し、ヒルドバランを攻め落とします」
不安がっているルディを落ち着かせるため、父は母と共に庭園にいた。
花を摘むルディを、母とキルシュが見守っている。
父は三人から離れて、俺の報告を聞いたあとに軽く眉を寄せた。
「……ヒルドバランには、幻獣がいるのか」
「おそらくは。ルーゼが見せた記憶から考えるに、ネクロムという幻獣がいるはず。死者を操ることができる力を持つ者です」
「お前一人で大丈夫か、アルベール」
「ジオニスが共に」
忍び込むのだから、少数で行くべきだ。
ジオニスが胸に手を当てて、礼をした。
「兄上、僕も共に行きます」
「キルシュが……?」
俺たちの緊迫した雰囲気に気づいたキルシュが傍に来て言った。
会話に聞き耳を立てていたのだろう。それは──気になるはずだ。
キルシュも、フレアを心配している。リリステラのことも、姉と慕っていた。
「はい。忍び込むのならば、小柄な僕が適しています。それに、兄上やジオニスは顔を知られているかもしれません。フェデルタから出たことのない僕なら大丈夫です」
「しかし」
「お願いです。僕も、何かしたい。ただ待っているのは、嫌です」
俺はジオニスと目配せをした。
──確かに、キルシュはまだ子供だ。相手の油断を誘いやすい。
何かあれば、俺が守ればいい。
「父上。キルシュも連れていきます」
「わかった。キルシュがそれを望むのならば。アルベール、任せたぞ」
ルーゼに乗り、俺はルーマスティアに向かった。
先触れの手紙はすでに出してある。すぐにルーゼの力でつくりあげた手紙鳥が返事を持って戻ってきた。
『我が国にて会談を行おう。協定を結ぶための条件は、その時に伝えよう』
老獪なルーマスティア王は、人情では動かない。俺に同情をして手を貸すようなことはしないだろう。
それを見越して、ルーマスティアへの支援を申し出た。
ルーマスティアは今、雨が降らずに困窮している。豊かな草原の国だが、水が涸れれば作物は育たず動物も死ぬ。
雨を降らせる力を持つ幻獣の力を貸そうと、手紙には書いた。
ルーマスティアの長らく続く干魃については、リリステラから聞いていた。
フェデルタにはそういった情報は入ってこない。ルーマスティアはフェデルタを敵国だと考えている。そのため、そういった弱みを、フェデルタに握らせたくないのだろう。
ジオニスとキルシュを連れて、ルーマスティアに向かう。
ジオニスとキルシュは、コルフォルに乗せた。コルフォルは共に行きたいと、父の傍に行こうとしなかった。
コルフォルを一度、フレアに預けた。だからなのか、コルフォルはフレアを心配しているようだった。
幻獣がそういった感情を見せたのは、はじめてではないだろうか。
彼らはルーゼに従う者だ。だが、彼らにも意志がある。
──そんなことはわかっていたはずなのに、あらためて、意志を持つ存在なのだと気づかされたようだった。
ルーマスティアの王城に辿り着くと、すぐに玉座の間に通される。
玉座には草原の王という何相応しい、壮年の威厳のある男が座っていた。
「フェデルタの皇帝よ、よく来てくれた」
「ルーマスティア王。此度は火急の用にて、礼節を欠いた訪問になり、無礼を許してほしい」
「構わん。一度じっくり話をしたいと思っていたのだ。神秘の力を持つ、若き皇帝よ」
ルーマスティア王は立ち上がり、俺たちを応接室に案内した。
謁見の間で膝をつき話すのかと考えていたが、思いのほか──歓迎をされているように感じる。
ルーマスティア王の命令で、テーブルに茶器が用意される。
『アルベール様、ルーマスティアでは椅子に座らず、床に布を敷いて座るのです。床にトレイを置いて、そこで食事をします。食事は、右手で。左手の使用は、無礼だと考えられています』
そんなことをリリステラが言っていた。彼女の言うとおり、銀の盆が用意されて、そこに茶器が並べられる。
「フェデルタの皇帝を床に座らせるというのは、無礼だろうか」
「いえ。私の妻が、ルーマスティアの文化について教えてくれていたので。歓迎を、感謝する」
向かい合って座り、同じ盆から茶器を手にする。
これは、友好の証だ。歓迎を受けているということだと、リリステラが教えてくれた。
「あなたの妻とは、エルデハイムの王太子の婚約者だったリリステラ嬢だな」
「よく知っている」
「無論。エルデハイムの王家に出した書簡の返事は全て、リリステラ嬢からのものだった。使者の対応もあの美しい女性がしてくれていた。王家の者はなにをしているのかと呆れていたのだ」
「だから、かの国は滅んだ。……私が、手をくだした」
「賢明なことよ。己が国の国益を損なう厄介な荷物を手放したのだ。儂でもそうしていただろう」
ルーマスティア王は満足気に頷いた。
「そちらの幼い弟皇子も、遠慮なく茶を飲め」
「ありがとうございます」
キルシュははきはきとした声で答えると、茶を口にして微笑んだ。
「美味しいです、国王陛下」
「そうか。それはよかった」
「……ルーマスティア王。我が妻について、助力を乞いに来ました」
「ヒルドバランに攫われたということだな。もちろん、力を貸そう。儂としても、あのような優秀な女性が失われるのは惜しい。それに、長らく続く干魃で、我が国は疲弊している。ルーマスティアはフェデルタの神秘を欲していた。それは、国のためだ」
そこでルーマスティア王は言葉を句切った。
値踏みするようにじっと俺の目を見据えて、唇を開く。
「だが今は、フェデルタの支配よりも、友好を望んでいる。エルデハイムをあっさり陥落させた神秘の力に、我が国の者たちはルーマスティアも滅ぼされるのではないかと怯えている」
「そのようなことはしない」
「口では何とでも言えるだろう。それに、フェデルタにその気はないとしても、民は怯える。貴公に協力をする条件は、ルーマスティアとの友好を書面にて示すこと。雨を降らせること。そして……化け物から我が国を守ることだ」
「化け物から、か」
「エルデハイムに影の獣が出たという噂が流れてきた。それからしばらくして、ルーマスティアにも同じように黒き獣が現れだした。フェデルタがエルデハイムを滅ぼしてからだ。フェデルタの皇帝よ、影の獣とは何なのか、神秘の力とはなんなのか。儂はどのように国を守ればいいのか、知恵を貸せ」
俺は「無論。だがその代わり、力を貸して欲しい」と、頷いた。




