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ネクロムの花嫁



 父は青ざめ震えながら、剣を突きつけているネクロムに視線を送る。

 ネクロムはひどく醒めた目で父を見据えた。


「お前はもう不必要だ、ルーファン。今ここで切り捨ててやってもいい」

「も、申し訳ありません、陛下! 我が娘たちが勝手なことをするものですから、つい」

「黙れ。失せろ」


 父は素早く身を翻し、愛想笑いを浮かべながら廊下の向こうに消えていく。

 私はフィーナを抱きしめた。フレアが私に駆け寄ってきて、抱きついてくる。

 私の腕の中で、フィーナが震えている。

 フレアが目に一杯涙を浮かべている。


 ──自分が、情けない。

 私はこの子たちを、守ることもできない。

 あまりにも無力だ。

 

 逃亡をしようとしていることが、知られた。罰が与えられるだろう。

 だとしたらせめて、抵抗をしたい。その剣を奪って──。


「……無駄だ、リリステラ。やめておけ」


 ネクロムの剣を奪うために立ち上がり、その手に飛びつこうとした私の腕をネクロムは掴み、簡単にその片腕で拘束をした。

 腰に剣をおさめて、じろりと、子供たちを見据える。


「部屋に戻れ。姉を守りたいのなら、大人しくしていろ」

「……わかりました」

「お姉様……っ」


 フレアの手を引いて、フィーナがとぼとぼと来た道を戻っていく。

 兵士たちや荷運びのものたちが、ネクロムの前に膝をついた。

 ネクロムは彼らに「今見たことは忘れろ」と告げて、私を抱きあげると歩き出した。


「大人しくしていろ。お前は私の花嫁だ。皆にはそう伝えてある。おかしな素振りをみせるな。お前の自由を奪いたくない」

「……どうして」

「お前は餌だと言っただろう。お前を奪えばルーゼは必ず来る。だが……少し、考え直した。私はお前の心が欲しい」

「──私はあなたのものにはなりません。強引に奪っても、愛など得られません」

「強引に奪うつもりはない。私に愛を教えろ、リリステラ。お前が言ったんだ。愛を知らない私は、不幸なのだろう?」


 ネクロムは私を抱きあげて、城の奥に向かう。

 フレアやフィーナと過ごした部屋とは違う部屋に入る。トルソーには花嫁衣装がかけられている。

 質のいい調度品や、立派なベッドがある。私はベッドの上に降ろされた。

 今頃フィーナとフレアは不安の中にいるだろう。私のせいだ。

 私が──失敗してしまったから。


「妹たちの元に行かせてください。私が傍にいてあげないと」

「それはできない相談だ。今日からお前ははここで、私と共に過ごす。ここは、歴代の王妃の寝室。私の妻たちが子を生み、そして死んだ」

「……あなたは、王に成り代わるために自分の子を生ませてきたのですか」

「そのようなおぞましいことはしない。娶った女と、適当な男を番わせた。子を生ませ、王位を継ぐ年齢になれば私がその者に成り代わる。邪魔になれば、殺す。ただそれだけのことだ」

「ヒルドバランの王家の血筋は……」

「そんなものはとっくに途絶えている。人のような、すぐに消える命に流れる血に、なんの価値がある? 人は愚かだ。自分の子さえ殺す。私たちは優れている。私たちが人を支配するべきだ」

「あなたも人の命を、どうとも思っていないくせに」


 父もネクロムも同じだ。

 自分のために、簡単に奪う。他者の人生を奪う。自分以外の他者を、ただの駒だと考えている。


「今までは、そうだった。それは愛を知らないからだとお前は言う。ならばお前が教えろ。どうしたら、お前は私を愛するようになる?」

「……私が愛しているのは、一人だけです」

「ルーゼは私が殺す」

「もしそうなれば、私は……アルベール様の後を追います。アルベール様のいない人生は、私にとって価値のないものです」


 他にも、大切なものがある。

 妹たち。フェデルタの人々。私の、新しい家族。

 でも。アルベール様がいないのなら、この世界に私の居場所はない。

 

 アルベール様は私の全てだ。簡単に、殺されたりしない。アルベール様は強い。でももしそうなったとしたら、アルベール様を守り死ぬことを──私は、きっとためらわない。


「あなたを……哀れに思います、ネクロム。これだけ多くの人に、囲まれて。王と、慕われて。長い年月ずっと玉座にいたのに。あなたはずっとひとりぼっち。誰かがあなたを愛しても、あなたは誰も愛さなかった」

「……お前が私を愛せばいい」


 怒りや恐怖よりも、悲しみが勝った。

 同じ幻獣なのに、どうしてネクロムは──ルーゼのように、慈悲の心を持たなかったのだろう。

 

 どうして父は、道を踏み外してしまったのだろう。

 どうしてラウル様は。

 

 間違えて、しまったのだろう。


「ネクロム。……あなたは、可哀想。ルーゼを殺し復讐を果たしても、あなたはきっと満たされない」


 私はネクロムに手を伸ばす。

 その頭を包み込むように抱きしめて、髪を撫でた。

 ネクロムは抵抗もせずに大人しくしていた。


 私の腰に、ネクロムの腕が回る。体に緊張が走る。

 体は奪えても、心は奪えない。

 でも、穢された私は、アルベール様の元に、戻れるのだろうか。


「何もしない。強引に奪えば、お前は尚更私を嫌う。ルーゼを殺し、お前を妻に迎えよう、リリステラ」

「……私の気持ちは変わることなどありません」


 私にできることがあるとしたら──今は、もう。

 ネクロムに従順に従い、妹たちを守ることだけだ。



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