古のステラ
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必要なものや欲しいものがあれば、私たちの世話をしている必要時以外の言葉を話さない侍女の方々に頼めば用意をしてもらえた。
私やフレアやフィーナのドレスも、装飾品なども──ヒルドバランの国力を示すように、豪華なものばかりだ。
新鮮な水や食べ物を与えられて飼われる籠の中の小鳥のように。
今は危害を加えられないが、いつでも扉が開いて手を伸ばし首をへし折ることができるのだと言わんばかりだと感じた。
幼いながらに自責の念を感じているのだろう、青ざめて震えるフレアや、ルーファン公爵にここに連れてこられてからずっと不安だったのだろうフィーナを安心させるため、私は絵本が欲しいと侍女に頼んだ。
彼女はすぐに図書室から絵本を何冊か持ってきてくれた。
二人と共にベッドに向かい、ヒルドバラン語で書かれた絵本を読んでいると、二人ともいつの間にか眠ってしまった。
フレアとフィーナがお茶会をしていた部屋の奥にあるベッドだ。
燭台の蝋燭には炎がともり、部屋を明るく照らしている。窓の外はもう暗い。
今は、何時頃なのだろう。ラウル様に攫われてからかなりの時間が経っている。
私は絵本を閉じて、二人を撫でながら考える。昨日はアルベール様の腕の中で眠った。
それなのに、今日はこんな場所にいることが奇妙だった。
──もう、眠ろう。
寝不足では頭が回らない。今できることはない。せめてしっかり睡眠をとらなくては。二人を守ることもできない。
かつて、ラウル様の婚約者であったとき、私は明日が来るのが怖かった。
今日よりもまともな明日など来ないことを、私は知っていたからだ。
ただ辛いばかりの毎日で、いっそ命を失ってしまえばどれほど楽かと何度も考えた。
それは、私が一人きりだったからだ。
お母様を失い孤独だった私には、世界と私をつなぎ止めてくれるものが何一つなかった。
けれど、今は違う。私にはアルベール様がいる。
揺るがない愛を、信じることができる。
フェデルタ皇家の家族や、レベッカさんや、ジオニスさん。
帰りたい場所がある。帰らなくては行けない場所がある。守りたいものがある。
それだけのことが、私の心を強くさせてくれる。
「大丈夫、必ず、守る。一緒に帰りましょう」
私にくっついて眠る二人を引き寄せて、私も目を閉じた。
浅い眠りの中で──夢を、見ていた。
『ルーゼ様はどこから来たのですか?』
──ルーゼのふかふかな体毛に体をくっつけて眠ることが好きだった。
あの村では、私はずっと牢に入れられていた。
逃げないように。どこにも行かないように。
うまれたときに魔獣を鎮めるための贄に選ばれて、贄として育てられた。
十八歳になったら、祭壇に捧げられる。他の供物と共に捧げられて、私は死ぬ。
そうすれば幻獣や魔獣の怒りがおさまり、村に平和が訪れる。
そう、皆が信じていた。
『逃げろ、ステラ。どこか遠くに、誰にも見つからないところへ』
『兄様は、どうなさるのですか……』
『俺は追っ手を止める。お前だけを不幸にはさせない。ステラ、お前を愛している。どこにいても、お前を想っている』
『兄様……』
十八になる前日の夜、兄様は私を牢から逃がした。
すぐに村のものたちが気づいて私は追われた。けれど兄様が剣をとり、追っ手を倒した。
逃げろと言われるまま、私は走り続けた。
そして──気づけば幻獣の聖域に辿り着いていた。
『私は、きっと遠い場所からきた。お前はどこからきたんだ、ステラ』
『私は……』
私は──黙っていた。言えば、ここから出て行かなくてはいけない。
兄様には会いたい。けれど、怖かった。
ルーゼ様の元にいたい。あの場所に帰りたくなかった。




