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密約



 翌日、俺はジオニスを連れて旧ルーファン公爵領に向かった。

 エルデハイム制圧戦の後、ルーファン公爵領の荒れようは凄惨なものだった。

 ルーファン公爵はラウルに己を信用させるため、全ての私兵を連れて王都に向かったのだろう。


 ルーファン公爵領を守るための兵は残されておらず、魔獣に土地が荒らされ、更に──すさんだ者たちの手によって略奪が横行し、治安は悪化の一途を辿っていた。


 本来ならば領地を守るべき貴族がそれをしなかったのだから、当然の結果だ。

 だが──あまりにも悲惨だ。

 

 今はフェデルタから官吏を派遣して、土地をおさめさせている。

 状況が落ち着けばエルデハイムに残る、フェデルタに降伏したまともな貴族たちに土地を譲渡してもいいと考えてはいる。

 だが、人々の貴族に対する悪感情を考えれば、現状のままでいいのかもしれない。


 官吏を旧エルデハイム邸に住まわせようかとも考えたが──ここはあまりにも不吉だ。

 ルーゼの背から降りて、俺は扉を開いて公爵家の中に入る。

 

 人が住んでいたという気配は、ここにはもうない。ほんの少しの間に、ルーファン公爵が栄華を誇っていた公爵邸は廃墟と化していた。


 人がいなくなれば家は死ぬ。だが、埃のつもる床や割られた花瓶や、窓ガラス、倒れた家具など──あきらかに人為的な悪意によってルーファン公爵家は荒らされていた。


 この家を守ることも考えたが、リリステラにとってここは辛い記憶ばかりのある場所だ。

 彼女の母の墓はフェデルタの王家の墓の一角にうつした。


 そのためもう、思い入れはないだろう。二度と、ここに帰ることもないはずだ。

 だから、捨て置いた。予想通り、めぼしいものは盗まれている。それ以外のものは破壊されている。


 ルーファン公爵領の人々の恨みが、主のいない家に向いたのだ。


「私がここに訪れた時、中は死体だらけでした。ルーファン公爵の妻は殺され、使用人たちも同様に。ルーファン公爵は何故そのようなことをしたのでしょうか。あの時はただ、暴力的な男だから──と、考えていましたが」

「ルーファン公爵はリィテにラウルの子を産ませ、幼帝として擁立し己が国政の権限を握りたいとでも思っていたのだろう。その計画が己の妻のくだらない画策で頓挫したため、怒り狂ったのではないか」


 ジオニスと共に、公爵家の中を探索する。

 以前、リリステラには、家から何か持ってきてほしいものはあるのかと聞いたが、何もないと言っていた。

 母の形見の髪飾り以外に、思い入れのあるものなど何一つないのだと。


 確かにリリステラの言うとおり、リリステラの部屋と思しき場所には何もなかった。

 ベッドと勉強机ぐらいしかない質素な場所だ。立派な公爵家の片隅に追いやられていたのだろう。


 それとは真逆に、妻の部屋もその娘であるフィーナの部屋も、豪華なものだった。宝石や、ドレス、少女らしいドレッサーやぬいぐるみなど。

 部屋を見ただけで、ルーファン公爵がいかに彼女たちを溺愛していたかがわかる。


 だが、公爵はあっさり妻を殺した。ジオニスがこの家を訪れたとき、公爵夫人の亡骸は一階の玄関前に転がっていたのだという。胸を剣で背後からひとつきされていたそうだ。


 もしかしたら、逃げようとしていたのかもしれない。

 フィーナはどこにもいなかった。使用人が幼いフィーナを連れて逃げた可能性もあるが、その後探しても、保護をするから見かけたら連れてくるようにと民に流布しても、その足取りさえ掴めていない。


 まるで、突然姿を消してしまったリリステラやフレアと同じ。

 

 だから、ここに来た。ことのはじまりは──ルーファン公爵がラウルを扇動しフェデルタと戦わせたことにある。

 ラウル一人ならば、あそこまでの間違いをおかさなかったはずだ。

 

 商人として成功していたというのだから、ルーファン公爵も馬鹿ではないだろう。

 己に利がなければ、動いたりはしない。あの時点でフェデルタに勝つ勝算があったか、それとも別の思惑があったかの、どちらかだ。


「……アルベール様。これは、よくある二重底です。この家に何かあるとは思わなかったものですから、確認を怠っていました。申し訳ありません」

「いや、いい。俺も、エルデハイムを平定した時点で終わりだと思っていた」


 ルーファン公爵の執務室を探っていたジオニスが、執務机の引き出しの底を開く。

 二重底の奥から出てきた手紙を、机の上に並べた。

 

「……これは、ヒルドバランの印だな」


 手紙の印には、見覚えがあった。ヒルドバラン王家の紋章は、黒い翼の鳥である。

 それと同じ印が、手紙には押されている。


『お前に手を貸そう、ルーファン公。エルデハイムに進軍をしてきたフェデルタとその皇帝を、私も共に討とう。幻獣の力を操れるのは、フェデルタの皇帝だけではない。エルデハイムの王家を煽動し、フェデルタをエルデハイムまでおびき寄せろ。この手紙は燃やせ。私の存在を誰にも知られてはならない』


 手紙には、そのようなことが書かれていた。

  

「ヒルドバランか」

「ルーファン公は、手紙の命令に従わなかったのですね。何かの時の証として、とっておいたのでしょう。商人は、証文を大切にするものですからね。これを、妻に見られたのかもしれません。妻が使用人たちに夫の他国への裏切りを伝えて……あのような、惨状に」

「その可能性はあるな。だがそれについては、もう終わったことだ。今わかった確かなことは、リィテたちがヒルドバラン王に攫われたということだ。おそらく、ルーファン公の入れ知恵で」

「ルーファン公は生きているのでしょうか」

「幻獣の力をヒルドバラン王は操れるらしい。操れるというよりは、幻獣そのものというべきか。かつてルーゼが滅ぼしたネクロムという幻獣は、死人を操り喋らせることができる」


 ヒルドバラン王にネクロムが従っているのか、それともヒルドバラン王を殺してネクロムが操っているのか。

 それはわからない。だが、確かなことは、ヒルドバランに行かなくてはいけないということだ。


「……リィテとフレアは人質だ。ネクロムは俺を……ルーゼを呼んでいる。古の恨みを晴らすためか。リィテやフレアを奪われた以上、正面からぶつかるのは避けるべきだろう」

「どうなさいますか」

「ヒルドバランと唯一交流がある国がある。ルーマスティアに、助力を頼もう」


 ルーマスティアは、ヒルドバランの隣国だ。

 豊富な食料が採れる豊かな草原の国だが、この数年は干魃が続き国力が衰えていると、リリステラが言っていた。

 彼女はそういった情報に詳しかった。ラウルの代わりに手紙を読み代筆して手紙をかえすなどして、隣国とのやりとりもしていたからだろう。


 国力が弱っているルーマスティアに交渉を持ちかけて、ヒルドバランに入り込むための交渉をする。

 そう決めると、俺はジオニスに「ルーマスティアに手紙を書く。あちらの王に会うために」と伝えた。



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