最愛の不在
◇
街を守護し人々の暮らしを守護する、火分けによって与えたそれぞれの街の炎を再び灯す。
ルーゼの炎は消えることがない。だが、永遠というわけでもない。
おおよそ一年燃え続け、少しずつ小さくなっていく炎を、皇帝は火分けの儀式により再び街に与えるのだ。
それぞれの街の代表が、その炎を皇帝の元まで取りに来る。
炎は小さくなれこそすれ、消えるなどという話は聞いたことがなかった。
聖なる炎は魔獣から街を護る。だが、炎が消えた今、街の者たちは魔獣に襲われていた。
ルーゼの背に乗り街に辿り着くと、魔獣と戦う兵士たちと共に魔獣を倒し、俺は再び街の中央にある炎杯に炎をともした。
フェデルタには大小様々な街が無数にある。それを全て回るというのは、たった一日では不可能だ。
だが民の被害を考えれば、できるかぎり迅速に、炎を取り戻さなくてはいけない。
炎は全ての街で消えたというわけではなかった。
異常発生した魔獣の討伐に向かった父や、騎士団を率いて街を守りに行ったジオニスからの報告を、伝令鳥で受けながら、炎が消えた街に向かう。
夕暮れが近づくと──ぱたりと、フェデルタは静けさを取り戻した。
魔獣の討伐が終わり、炎が消えたという街からの報告も途切れた。
ぬるい疲労感を感じながら、俺は深く息をついた。
父とジオニスと合流し、皇都に戻る。
早く、リリステラに会いたい。体から大切なものがごっそり抜け落ちてしまったような喪失感に胸が苦しくなる。
ルーゼの力を身に宿し使役することによる副作用は、常に体や心を苛む。
多くの力を使うと余計に。
ただの疲弊とはちがう『餓え』が、体を襲うのだ。
人には大きすぎる力を宿す弊害なのだろう。
リリステラに会い、その無事を確認し、抱きしめたい。
髪を撫で、頬に触れて、唇を重ねたい。
それだけで、果てしない餓えが満たされる。自分自信ではどうにもならない情動に体を支配されるというのは不愉快だが、今の俺にはリリステラがいてくれると思うと、それだけで肩の力が抜けるような感覚がある。
安心できる、帰る場所があるような感覚に近いだろうか。
「──それにしても、何だったのでしょうか。炎が消えて、魔獣が現れるなど」
「何かが起っているのだろうな。警備を手厚くしなくてはいけない」
「アルベール、今は休め。力を使いすぎただろう」
ジオニスと父にあとのことを任せて、俺は城の奥へと向かう。
確かに父の言うとおり、蓄積した疲労と餓えで、今はあまりいい考えが浮かびそうになかった。
「リィテ、いないのか……?」
「アルベール様!」
リリステラと共に過ごしている居室に向かうが、そこにはリリステラの姿がない。
俺の元に、侍女たちをつれたレベッカが血相を変えてやってきた。
「何かあったのか」
「リリステラ様とフレア様の姿が見えないのです。アルベール様たちが出立されてからしばらくして、でしょうか。午後のお茶の時間にも、お昼寝の時間にもフレア様がお戻りにならないのははじめてで……」
「リィテもいないのか?」
「はい。城中を、探し回っているのですが。庭園も、くまなく探しました。それなのにどこにも……」
「リィテの部屋には護衛をつけていたはずだ」
「……それが、フレア様がリリステラ様の部屋に来て、兵士たちにアルベール様が呼んでいるからすぐに謁見の間に向かうようにと伝えたそうです。兵士たちが不在の間に、リリステラ様とフレア様は行方知れずになったのではないかと」
「確かか?」
「兵士たちが戻ってきた時には扉は閉まっていました。彼らはリリステラ様の部屋を覗いて、中を確認したりはしません。私がリリステラ様にお茶を届けたときにはご不在で、フレア様がいたずらをして、リリステラ様を連れ出したのだと考えたのですが……」
青ざめて、涙目になりながらもレベッカは状況をしっかりと説明してくれる。
嫌な予感がする。二度と、リリステラに会えないとでもいうような。
──ルーゼの神域で見た光景が思い出される。
殺された少女の亡骸が、俺の記憶の中で、静かな石室に横たわっている。
その顔が、リリステラの顔に重なった。




