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私にできること



 行儀悪くテーブルの上に長い足を組んで座って、ネクロムは鹿肉を私に食べさせたあと、頬を撫でた。

 その手は、冷たい。仕草は親密だが、今すぐにでも首をへし折ることができるとでもいいたげな、薄ら寒さがある。


「ゆるりと、過ごしていけ。ルーゼが来るまでは」

「……フレアや、フィーナに危害を加えないと約束してください」

「お前はルーゼをおびき出すための、そしてあの小さなものたちは、お前が逃げ出さないための、駒。お前が大人しくしている限りは何もしない。だが──」


 ネクロムは口角をつりあげた。

 私が逃げたら、二人の命は無事ではないと、その笑みは言外に伝えていた。


「さがっていい。好きなように過ごせ。余計なことをしなければ、自由にしていろ。自由を奪うと人間は死ぬ。鎖に繋ぐと、ひと月もたたずに命を落とす。なんとも脆弱だ」

「……私は逃げません」

「ならばよい。さがっていい」


 退室を許可された。私は音を立てないようにそろりと慎重に、椅子から立ちあがる。

 部屋から出ると、緊張の糸が切れたのか足が萎えて、座り込みそうになってしまう。


 フレアの無事を、確認しなくては。

 どこまでも続くような廊下を進んでいく。どこに行けばいいのかわからなかったが、ともかくネクロムから離れたかった。


 視線の先に、ルーファン公爵の姿を見つける。

 ルーファン公爵の手を、フィーナが握っている。私に気づいて、フィーナは無邪気に微笑んで、弾むように手を振った。


「お姉様! お茶会の準備をしているの。新しい子も一緒よ」

「ありがとう、フィーナ。フレアも、そこにいるの?」

「うん! フレアというのね、この子」

「フィーナ、リリステラが来てくれてよかったな。ここでは怖いことは起らない。ヒルドバラン王が守ってくれるからな」

「はい、お父様」


 フィーナは私に手招きしたあと、廊下に並んでいる扉の一つを開いて、中に入っていく。

 私もそれを追った。すれ違いざまに、ルーファン公爵に腕を掴まれる。


「──理解しているな、リリステラ」

「はい。わかっております。私がどうふるまえばいいのかを。そして、あなたの非道さを」


 ぎりりと腕を締め上げられて、私はルーファン公爵を静かに睨みつけた。

 心の底に、恐怖がある。

 そして過去には実父への情が、ほんの少しはあった。血の繋がっている父だという想いが、私の心を鈍らせていた。


「フィーナを生かしたのは、愛情かと、ほんの少し期待をしました。けれど、違う。あなたにとっては私もフィーナも、ただの駒。ラウル様だって、駒の一つにしか過ぎなかった。私は、私が多くの人々を不幸においやったのだと、思っていました」


 もちろん、私の責任でもある。

 道を踏み外すことをしなければ、栄華に満ちた人生を歩めていたのだろうラウル様や、多くの貴族や民が、私のせいで命を落としただろう。


 私がいなければ、起らないことがあっただろう。

 でも、それは、私だけの罪ではない。


「あなたの野心が、お母様を死なせた。そして、ラウル様を惑わせ、エルデハイムの民を苦しめた。そうまでして、欲しいものがあるのですか? 富も、名誉も、十分、あなたにはあったはずなのに」

「お前はなにもわかっていない。ただの公爵では足りないのだ。王という、甘美さを。全てを支配し手に入れるため、私は私の人生を使う」

「ヒルドバラン王に利用されているだけです。あの方は、あなたを共犯者とは思っていない。あの方にとっては私もあなたも、ただのチェスの駒でしかない。死して尚、駒に使われるだけです」

「──フェデルタという後ろ盾を得て、生意気になったな、リリステラ。虎の威を借る狐のようだ」


 嘲るようにそう言って、ルーファン公爵は私の手を乱暴に離すと廊下の奥へと消えていく。

 私は胸にてをあてて、深く息をついた。


 私には守らなくてはいけないものがある。怖がっていては、なにもできない。

 恐怖と怒り、そして緊張がへばりついていた表情を緩めて、閉じられた扉を開く。


 そこは、愛らしい部屋だった。ソファは多くの動物などの形をしたクッションが置かれており、テーブルの上には沢山の色とりどりの菓子が並んでいる。

 ティーカップにそそがれたお茶を、フレアとフィーナが向かい合って座って飲んでいた。


「お姉様!」

「リリステラお姉様!」


 私が部屋に入ると、二人が私に駆け寄ってくる。

 私にしがみつく二人を、私はしゃがんで抱きしめた。

 フレアも、フィーナも小さく震えている。


「お姉様、ごめんなさい。私のせいで、こわい人にさらわれた……っ」

「フレア、大丈夫よ。フレアのせいではないわ。私があなたを守ります。だから、大丈夫」

「お姉様……お父様が、おかしいの。お母様をひどく叱って、そして、お母様は……いなくなった。ここにいれば大丈夫って、お父様は言うけれど、私はここが、怖い。お姉様に会えて、よかった」

「フィーナ。……安心して。私が、あなたたちを連れて、必ずここから逃げます。だから、もう少し我慢していて」


 アルベール様はきっと、来てくださるだろう。

 ──私のせいで、アルベール様の身を危険に晒してしまうことになる。


 逃げ出せるのならばそれが一番いいが、簡単にそれができるとは思わない。

 もし失敗したら、きっと、フレアもフィーナも無事ではいられない。

 

 私には何ができるだろう。


(……ネクロムの情報を集めよう)


 今ここで、フレアとフィーナを守ることができるのは、私しかいないのだから。




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