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ルーファン公爵とフィーナ



 ルーファン公爵は、私が自分の意にそぐわないと、私の背を鞭で打った。

 その時の記憶が、痛みと恐怖と魂を穢されるような屈辱が、蘇ってくる。


 私は震える手を隠すため、テーブルの下、膝の上に置いた。


「どうした。実父との再会だ、嬉しいだろう」

「……ええ。お父様、ご無事でなによりでした」


 なんとかそれだけを口にした。余計なことは言うべきではない。

 怯えた顔を、見せるべきではない。


 なんでもないと、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 アルベール様に会いたい。怖い。でも、こうなったのは私のせいだ。


「はは。よく言う。フェデルタの皇帝に、ラウル殿下や私を殺せと命じたくせに」

「私は、そんなことは……」

「恨みを晴らせて満足か? 皇帝を懐柔し、エルデハイムを滅ぼした我が娘よ。それほどの才があるのならば、ラウルを骨抜きにして意のままに操ることも可能だっただろう。勿体ないことだ」

「違います、私は……」


 あぁ──駄目だ。

 感情的に、なってしまう。ルーファン公爵もラウル様と同じ、もう、生きていないかもしれないのに。

 その遺体をネクロムに操られているかもしれない。


「お姉様!」


 ルーファン公爵の足元から、私の元に駆けてくる小柄な影がある。

 一瞬、フレアかと思った。けれど、フレアよりも背が高い。

 小柄な少女は私に、甘えるように抱きついてくる。


「フィーナ……」


 それは、ルーファン公爵と義母の娘、私の腹違いの妹だった。

 公爵家の者たちは、アルベール様の部下の方々がルーファン公爵家に行った時にはすでに無残に殺されていたらしい。

 ルーファン公爵が愛していたはずの、義母も。

 

 義母は、フィーナをラウル殿下の婚約者にするため、婚約者の座から私を引きずり下ろして、私を亡き者にするために、ミリアという女性に命じてラウル様に近づき、私を貶めた。


 そのことについて、ルーファン公爵は何も知らなかったらしい。

 義母に激怒していたため、怒りにまかせて処断をしてしまったのだろう。


 ──そして、ラウル様を甘言で惑わせて、フェデルタとの戦争をしかけさせた。

 

 ルーファン公爵家に転がる多くの遺体の中に、フィーナの姿はなかったと言っていた。

 フィーナだけは、助けたのか。

 それともフィーナもまた、操られている遺体にしか、過ぎないのだろうか。


「お姉様、お会いできて嬉しい! フィーナ、寂しかったの。ここには誰も、お父様以外に知っている人がいないから。お母様も、いなくなってしまって……」

「フィーナ……体は、大丈夫? どこかおかしいところは……」

「人と、死者を見分ける方法はただ一つ。死者は物を食えん」


 私の疑惑に気づいたのか、ネクロムが言う。

 フィーナは何のことかわからないのだろう、不思議そうに首を傾げた。


「お姉様、お話が終わったら私のところに来て。ここには、お菓子がたくさんあるの。一緒に食べましょう」

「ええ、フィーナ。すぐに行くわ」

「うん!」

「フィーナ。私と陛下には大切な話がある。向こうで遊んでいなさい」

「はい、お父様」


 無邪気に笑い、フィーナは私の腕をぎゅっと掴んだあとに、部屋から出て行った。

 フィーナの熱が離れていくと、私は再び心許なさを感じる。


 ネクロムの話が本当ならば、お菓子を食べるといっていたのだから、フィーナはきっと生きているのだろう。


「リリステラ。陛下の元から逃げられると思うな」

「……フィーナを生かしたのですね。あなたにも、親としての心があった」

「当然だ。私は娘たちを愛している。お前のこともな」

「嘘つきです。あなたが愛しているのは、自分だけではないですか。自分と、野心だけ」


 愛する者を手にかけることをなんとも思わない。

 誰かを利用することを、なんとも思っていないのだ。

 だから私のお母様も、利用されて──失意の中亡くなってしまった。


「そんなことはない。愛する我が娘よ。私の役に立て」

「……お断りします」

「そう言うな。父に従え。富と栄華が手に入るぞ。エルデハイムごときを手に入れなくても構わない。私には、クラウディス様という後ろ盾がいる」

「──いつから。いつから、内通していたのですか」


 はじめから、そのつもりだったのか。

 それとも、途中で気が変わったのか。少なくとも私をラウル様の婚約者の座においたときのお父様は、エルデハイムの実権を握りたいだけだったはずだ。


「お前がフェデルタの皇帝──あの時は、皇太子だったか。皇太子と消えたあと、クラウディス様の使者が私の元に現れた。クラウディス様は神秘の力を使える。まるで、フェデルタの皇帝のように」

「……それは」


 それは、彼がネクロムだからだ。けれどルーファン公爵はそれを知らないようだった。


「陛下の力は素晴らしい。陛下の力を使えば、無限に、無尽蔵に兵士が作れるのだ。私は陛下に従うことにした。愚かなラウルを操り、フェデルタと争わせ──アルベールが現れたところを、ヒルドバランとエルデハイム二国で潰してしまうつもりだった」

「あぁ。だが……思いのほか、アルベールの決断が早かった。それに、エルデハイムの王子、ラウルと言ったな。あれは愚かすぎて、力を貸す気にもならなかった」

「陛下は、私だけをあの化け物の生み出す炎の中から救ってくださったのだ。陛下は私に知恵を貸せとおっしゃった。私はお前のことをよく知っている。何をすれば怖れるのか、何をすれば従うのかを」


 おまえは──『餌』だと、ルーファン公爵は言う。


「アルベールをおびき寄せるための、餌。フェデルタを潰したら、フェデルタとそして、滅んだエルデハイムは私がもらうことになっている。私もまた、皇帝となるのだ」

「……リリステラ。せいぜい大人しく過ごせ。いたずらに、命を散らしたくなければな」


 ネクロムはルーファン公爵に「さがっていい」と告げた。

 そして私の傍にやってくると、テーブルに落ちたナイフを拾い、フォークを手にして、鹿肉を小さく切った。

 フォークで刺したそれを、私の口の中に押し込んだ。


「食べるものは、生者。食わない者は死者だ。時々、どちらがどちらかわからなくなる」

「……っ」

「口を開け、リリステラ。人はすぐ死ぬ。ルーゼが来る前に、お前に死なれては困る。お前は、ルーゼを苦しめるための、殺すための、私が恨みを晴らすための大切な駒だ」


 私は大人しく、ネクロムに従った。

 口を開き、鹿肉を咀嚼して飲み込む。


 そうしながら、フレアとそしてフィーナを連れてここから逃げなくてはと、考え続けていた。


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