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クラウディス・ヒルドバランの招待



 ヒルドバラン王は私の前まで歩いてくると、私に手を差し伸べる。


「お前をここに招いた理由を、お前は理解しているか?」


 試されているのだと感じた。

 ──ここで間違えたら、一瞬で命を奪われてしまうような緊張感が体に走る。


 ここに私が呼び出されたということは、ラウル様はヒルドバラン王の命令に従っていたということだ。

 けれど私はラウル様が誰かの命令に従うような人ではないことを知っている。


 あの方には、王太子殿下としての自尊心がある。

 エルデハイムの王族や貴族は、他者よりも優れているという選民思想が強かった。

 それはフェデルタを下に見て、馬鹿にするほどだった。


 だからたとえラウル様がヒルドバランと通じていたとしても、ヒルドバラン王の手先になるとは考えられない。


 アルベール様は、ラウル様を殺めた。

 それは確かなことだ。


 それなのに今のラウル様は、魔獣を操っている。そんなこと、ただの人間にできるわけがない。

 

 ルーゼの神域で見た光景と、今のラウル様と、ヒルドバラン王。

 それら全てが繋がっているとしたら──。


「あなたは……ネクロム。ラウル様の体を、操っている……?」

「その名をどこで知った、リリステラ」

 

 ふと、ヒルドバラン王の表情が変わる。

 玉座に肘をつき頬杖をついたまま、俄に目を見開いた。


「ルーゼの記憶を見ました。ネクロムは、死者を操れる。私には、ラウル様が生きているとは思えません。ラウル様ならば──私の大切なものを奪うより、何より私を傷つけるでしょう。あれは、ラウル様の姿をした偽物です」

「……ルーゼの記憶を見たのか」

「はい。ルーゼの神域で、ルーゼは記憶を見せてくれました。あなたは、ルーゼの大切な少女を殺した。そして……あなたは、ルーゼに、殺された」

「……ふふ、はは……っ、期待以上の回答だ。ルーゼは過去を見せたのか。それは……お前が、あの少女に似ているからか。私が殺した、あの少女に」


 喉の奥で笑いながら、ヒルドバラン王は立ちあがった。

 そして、ゆっくりと私の前までやってくる。

 否定をしないということは、私の回答は正しかったのだろう。

 ──彼は、ネクロム。

 ルーゼの配下だった、幻獣。星見の塔の考えによれば、星を往く者であるルーゼが生み出したルーゼの一部である存在。


 けれどネクロムは、ルーゼの記憶の中では幻獣の姿をしていた。

 蝙蝠のような、人とは違う姿だった。そんなネクロムがどうしてヒルドバランの玉座に座っているのか、それも人間のような姿で。


「立て、リリステラ。せっかく招いたのだから、客人を招待してやろう」

「……ネクロム、お願いです。フレアを解放してください。攫うのならば、私だけでよかったはず」

「お前一人を攫うことは難しかった。お前の傍には常にルーゼの守護がある。ルーゼの力を持つ……確か、アルベールという名だったか。フェデルタの王は、すぐに代替わりする。人間はすぐに死ぬからな。名を覚えることも難しい」

「私は逃げません。ですから、フレアを……!」

「くどい。お前の命もあの子供の命も、私の手の上に乗っていることを忘れるな。手の上の人形を指で弾くように、その首はすぐに飛ぶ。言葉に気をつけよ。それは、お前の命の価値を決める」


 立て──と、命じられるままに私は立ちあがった。

 足がふらついたが、何とか堪える。

 

 ネクロムの言葉は真実だ。私とフレアの命は、彼の手の上にある。

 余計な口答えをしてはいけない。今は、従うべきだろう。


 隙を見て、フレアを助け出してここから逃げ出さなくては。

 それまでは、賢く振る舞わなくてはいけない。大人しく、従順に。


 ネクロムのあとを、私はついていく。その背は、普通の青年にしか見えない。

 城には侍女や使用人たちが働いている。ネクロムの姿を見ると、皆一歩さがって礼をした。

 私を連れていることに、疑問を感じる者はいないようだった。


 そして、ヒルドバラン王にネクロムが成り代わっていることも、誰も気にしていないようだった。


 ──成り代わっているのだろうか。それが正しいのかすら、わからない。


 エルデハイムとヒルドバランには国交がなかった。ヒルドバランとフェデルタも同様だ。

 ヒルドバランはエルデハイムの敵国であり、同時にフェデルタの敵国でもあった。


 だから、ヒルドバラン王の顔を知る者はいない。ヒルドバランの民と、そして国交のあるルーマスティアの王は知っていたのだろうけれど。


 私が案内されたのは、長テーブルのあるダイニングだった。

 白いクロスのかけられたテーブルには、いくつもの花瓶が並び、赤い薔薇がいけられている。

 花瓶の間には美しい金の燭台が整然と並んでいる。

 

 侍女が私の元に来ると、座るネクロムの対面に私を座らせた。

 ネクロムのグラスに葡萄酒がそそがれる。

 私の前に置かれたものにも、同様に。


 豪華な料理が次々と運ばれてくる。吐き気がする。緊張のせいか。不安のせいか。


「乾杯をしようか、リリステラ。再会に」

「再会……?」

「あぁ。お前は、私が殺した少女に似ている。そしてルーゼはお前を特別扱いしている。つまり、お前はあの少女の魂を持つ者だと、私は考えている。私に殺されて、再び殺せる運命にある。ルーゼの花嫁」

「……私は、リリステラ。リリステラ・フェデルタです。他の誰でもありません」


 私は首を振った。

 ネクロムの言うように、ルーゼの記憶の少女は私に少し似ていた。

 でも、私はあの少女ではない。その記憶も、ない。 


「記憶はなくとも、魂の形は変わらない。何故、他国の女がフェデルタの皇帝に選ばれたのか、考えたことはあるか? なぜ自分だけが特別なのか、考えたことは?」

「……それは、偶然です。偶然、アルベール様と出会ったから」

「特別扱いを偶然だと考えるのは、傲慢だと思わないか? 何の理由もなく選ばれ、何の理由もなく大切に扱われる。それを享受できるほどに、己は優れていると考えている」


 ネクロムは笑いながら言う。それから、グラスを持ち上げると軽く傾けた。

 私は動けないまま、赤い液体が彼の喉を流れていくのを見ていた。




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