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平和な食卓



 私は──お父様の、商品。

 髪も、肌も瞳も、爪の一枚に至るまで、全てがお父様の。

 陳列棚に並んだ、装飾品のようなもの。


 美しく磨かれた宝石などではない。金メッキのはられた偽物だ。

 外側だけは磨かれていて、中身は空っぽ。

 金メッキで塗りたくられているならまだいい。私は、美しくなんてない。


 自室に戻り椅子に座って漠然とそんなことを考えながら、未だに痛む体を抱きしめた。


 私の部屋には、私のものなど何もない。

 最低限必要なものは揃っているけれど、私が望んで選んだものなど何一つありはしなかった。

 お母様にいただいた髪飾りだけが──私の、支えだったのに。


 学園になど持っていかなければよかった。

 けれど、髪飾りがないと心が折れてしまいそうだった。


 私にはもう、何もない。優しかったお母様の声も、顔も──はっきりと、思い出せない。


「……ふ、……うぅ」


 嗚咽が漏れないように、唇を噛み締めた。

 泣いていたことが知られたら、お父様にまた、あれをされる。


 痛くて苦しくて恥ずかしくて情けなくて。

 もう、あんな思いはしたくない。


 お父様の望みを叶えるために、私は──。

 私は自分を抱きしめながら、ラウル様に触れられることを考える。

 手のひらが私の肩に触れ、背中に触れ、太腿に触れることを。


 ──吐き気がする。

 おぞましさで、ガタガタと体が震えた。


 ラウル様は、私を殴った。

 あの時のラウル様の顔を、私は覚えている。

 私を憎むように、蔑むように、睨みつけていた。けれど頬を張られた私が倒れた瞬間、その一瞬見た顔は──その瞳は興奮にぎらつき、口元は、愉悦の色を浮かべて吊り上がっていた。


 お父様と、同じだ。


「……それでも、私は」


 頑張れば、認めてくださるのだろうか。

 褒めて、くださるのだろうか。


 よくやったリリステラと、妹に──フィーナに向けるような優しい笑顔を、むけてくださるのだろうか。

 ふと顔をあげると、美しいとはとても思えない、目を赤く晴らした顔色の悪い女が鏡に映っていた。


 夕食に呼ばれるまでには、顔を洗って、ベッドでうつらうつらと微睡んで、心を少し落ち着かせることができた。

 ルーファン公爵家に帰ってくると、夕食だけは皆で取る決まりになっている。

 お父様やお義母様がそれを望むわけがないので、これはフィーナの希望だった。


「お姉様、学園はどうですか?」


 フィーナは、義理のお母様に似たのか、私にはあまり似ていない。

 少女らしい可愛らしいドレスを着て、ふわりとした癖のある髪を綺麗に結っている。

 夕食の用意された長テーブルの椅子に座って、明るく私に話しかけてくれるフィーナに、私はぎこちない笑顔で微笑み返した。


 何も知らないフィーナは無邪気に私を姉と慕ってくれている。

 私は可愛がられて育ったせいか、年齢よりもやや幼いフィーナが愛らしくもあり、また、憎らしくもあり、そして羨ましかった。


「……学園は、順調です」


 私の嘘に、お父様は気づいているだろう。

 恐らく、お義母様も気づいているだろう。

 お義母様の視線は、私を蔑み、厭うものだ。何人もの人間にそんな視線を向けられてきたから、分かる。


「いいな、お姉様。私ももっと早く生まれたかった。お姉様が羨ましい」


「何を羨むことがあるのだ、フィーナ? お前が欲しいものは全て買ってやっているつもりだが、何か足りないものがあるのか?」


 お父様が甘ったるい声で尋ねた。


「だって、私がもっと早く生まれていたら、お姉様の代わりにラウル様と結婚できたかもしれないでしょう、お父様。ラウル様は素敵な方だわ。ラウル様と結婚できるお姉様が羨ましい。私も学園に通って、ラウル様とお近づきになりたい。いいな、お姉様」

 

「……そうですね。ごめんなさい、フィーナ」


 代われるものなら、代わってあげたい。

 けれどそんなことを言えば、お父様はまた怒るだろう。


 私が謝ると、フィーナは「私だって、あと数年もしたらきっと、ラウル様に相応しい淑女になるのに」と、不満そうにしていた。


「そうね、フィーナ。あなたの方がずっと、王太子殿下には相応しい」


 と言って、お義母様が優しくフィーナを撫でる。

 お義母様は、どことなく色香のある方だ。

 使用人たちの噂では、元々は娼婦だったところを、お父様が買い上げたのだと聞いた。


 真実は定かではないけれど、美しくて少し怖い人だと思う。

 私は嫌われているから、話したことはあまりないけれど。


 食事の味は、いつもわからない。

 何を食べていても、紙を噛んでいるみたいだ。

 フィーナはいい子だと思う。幼くて、その言動に罪はない。

 けれど、会話の一つ一つに、言葉の一つ一つに、皮膚に浅い傷をつけられているみたいだった。


 どこにも私の居場所などないのだと、思い知らされる。

 いっそ逃げ出してしまおうかと、考えることもあった。

 けれどきっとお父様は私を連れ戻すだろう。

 そして、今の懲罰よりも酷いことを、私にするだろう。


 想像するだけで、身が竦んでしまう。

 恐怖に心が疲弊して──身動きが取れなくなってしまう。


 アル様との時間を思い出している時だけ、心が安らいだ。

 けれど、甘えていてはいけないのだと、自分を戒めた。

 私に関わると、きっとアル様は──不幸になってしまうだろう。



お読みくださりありがとうございました!

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