激しさのなかの安らぎ
唇が触れては離れ、角度を変えてまた触れる。
やがて深く重なり、私の口の中にアルベール様の大きな舌が入ってくる。
息苦しさに眉を寄せた。こういうとき、アルベール様は私よりもずっと大人びて感じられる。
慣れないことばかりで、翻弄されているばかりで。
それでもアルベール様の気持ちにこたえたくて、与えられる熱を受け入れるときはいつも必死だ。
舌が擦り合わされる。粘膜が擦れる感覚に、私はアルベール様の服を掴んだ。
いつもの、甘く幸せな日常に戻ったようだった。
──話さなくてはいけないことがあるのに、流されてしまいそうになる。
「ん……ぁ、る、さま……」
「リィテ、抱きたい。君がここにいることを、感じたい」
私は小さく頷いた。
今は、その熱を感じたい。アルベール様の体温は恐くない。
境界も失うぐらいに重なってきつく抱きしめられる時に感じるのは、体がふわりと浮き上がるような多幸感と安心感だけだ。
「アル様……して、ください」
「リィテ。愛している。どうか、危険なことはしないでくれ。君を失うのが怖くて、閉じ込めてしまいたくなる。まるで、籠の鳥のように」
「……アル様、それ、は」
「そんなことはしない。だが……時々考えてしまう。いつか失う日がくることを。父が母を亡くしたように、ルーゼが、愛する者を失ったように」
アルベール様は、怖いものなどなにもなさそうに思えた。
とても、強い人だと。
でも。アルベール様は、何よりも誰よりも喪失を恐れている。
愛する人を失う悲しみを私も知っている。私も、お母様を失った。
「……コルフォルの力が行使されているのを感じた時、生きた心地がしなかった。魔獣に囲まれ、湖の中に君がいるのを見た時は、胸が潰れそうだった。……俺は、理解していなかった。誰かを愛するということは、同時に喪失を恐れることだ。……怖い。でも、それ以上に愛しい」
「……アル様、私も、同じ。あなたと、同じです」
アルベール様の顔が、涙でにじむ。
生理的な涙で視界がぼやけた。触れられる体が、熱い。
痛みを感じないように十分に高められて一つになると、はらはら涙がこぼれた。
溺れてしまうように、激しくて。
焼けるように、熱くて。
可愛い、愛している、可愛いと囁かれるたびに、胸がいっぱいになる。
長い年月をかけてばらばらに砕けた心を、その欠片を一つ一つ拾って、元の形に戻していくかのようだった。
体を重ねて愛されて、同時に、剥き出しになった心を慰撫されているような感覚に支配されて、私はアルベール様の逞しい背中にすがりつくように抱きついた。
気づけば──夜明けが近かった。
しっとり湿って動かない体を、アルベール様が優しく抱きしめて、髪や背を撫でてくださっている。
私はその胸に頬を寄せて、目を閉じていた。
眠気を感じる。けれど、まだ眠りたくない。
眠ってしまえば、そして目覚めてしまえば──この腕の中から離れなくてはいけない。
おそろしいことと、向き合わなくてはいけない。
この場所は、安心できる。何も、考えたくない。
でも──そういうわけには、いかないのだろう。
「……アル様。話さなくてはいけないと、思っていて」
「……今は、愛の言葉以外は聞きたくないな」
「アル様……」
「冗談だ。そう、困った顔をしないでくれ。何かあったか」
「魔獣が、出た時に……私は、幻を見ました。けれど、それは幻などではないのかもしれません。……ラウル様が、魔獣を連れて……私の前に」
「……リィテ」
震える体を、きつく抱きしめてくださる。
その名を口にするだけで、高められていた熱が急速にひいていくようだった。
「彼は、私を恨んでいます。私の大切なものを奪うと言って。……シフォニア様と、ルディのことを、魔獣に襲わせました。全部、私のせいかもしれないのです。私がここにいるから、皆が危険に……」
「そんなことはない。それは、君の思い違いだ。誰かが危険にさらされたとしても、それは君のせいではない。それどころか、君は皆を守ってくれただろう?」
「でも、それは……っ、自分で蒔いた種を、自分で刈り取っているだけです。守るといっても、アルベール様の力をお借りしているだけで……」
「それは違う。リィテ、大丈夫だ、落ち着いて。怖い思いをしたから、混乱しているのだろう。……あの男は、俺が確かに倒した。……だが、君の言葉が偽りだとは思わない。何が起こったのかは俺が調べる。だから君は、今は安心して眠れ」
「……アル様が、傷つくのは嫌です。私の、せいで」
「俺は強い。リィテは知っているだろう? だが、心配してくれてありがとう。嬉しいよ」
優しく髪を撫でる手に、眠気を感じる。
まるで幼いころに戻ってしまったかのように、私はアルベール様の手の平を握りしめて、目を閉じる。
ゆっくりと眠りの淵におちていく。
──悪夢は、見なかった。




