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追いすがってくる過去



 皇城に戻り、念のために典医による診察を受けた。

 ルディもシフォニア様も怪我もなく命に別状がないと知れて、ようやく安堵することができた。


 濡れた服を着替えさせてもらい、ベッドに寝かされて私が診察を受けている間、アルベール様はスタルーグさんから状況の報告を受けていたようだった。

 

 安堵と疲れもあってか、診察室のベッドでうとうとしていると、診察が終わるまで外で待っていてくれていたレベッカさんたちが私の元にやってくる。


「リリステラ様、ルディ様とフレア様を守ってくださりありがとうございました」

「リリステラ様がいなければ、どうなっていたことか……」

「皇都に魔獣が入り込むなど今までなかったことです。怖い思いをしましたね……」


 レベッカさんたちに連れられて、湖で泳いだために凍えた体を湯浴みをして清めてあたためてもらう。

 その間ずっと、私はラウル様について考えていた。


 何が起こっているのだろう。

 その顔や声を思い出すと、背中から鋭い刃物を突きたてられるように悪寒と痛みを感じた。


 ──全て、お前のせいだと言われた。


 それを私は否定できない。私がいなければ──誰も、不幸にならなかったのではないかと。


「今日はゆっくりおやすみください。あとのことは、アルベール様に任せておけば大丈夫です」

「フレア様もルディ様も、休まれました。リリステラ様、どうかお心を穏やかに」


 レベッカさんが心を落ち着けるための香を、寝室に焚いてくれる。

 皆の優しさに安堵すると同時に、私はここにいるべきではないのかもしれないという不安が湧きあがる。


 ラウル様は、私に復讐をしにきたのだろう。

 私がここにいては、皆が危険にさらされるのではないか。


 ──私が傷つくのはいい。けれど、フェデルタの優しい方々が私のせいで傷つくのはとても、耐えられない。


 頭の奥が痛む。疲れ果てているのに、妙に目が冴えてしまう。

 香炉から漂う甘い香りに、体が包まれる。すると、少しだけ心が落ち着いてくる。

 指先の力が抜けるような、眠気を感じた。


 瞼が重くなり、目を閉じる。

 

 私は──ドレスを着て、舞踏会の行われている大広間の壁際に立っている。

 視線の先にはラウル様がいる。その隣には、ラウル様と腕を絡めるミリアさんの姿がある。


 皆が私の噂をしている。


「リリステラ様は、ミリア様の持ち物をまた隠したのだとか」

「公爵家の令嬢でありながら、卑劣なことをなさるものですわね」

「仕方ありませんわ。リリステラ様のお父上は、ただの成り上がりの商人ですもの。ラウル様の婚約者の座にリリステラ様に据えたのだって、国王陛下やその側近の方々に多額の賄賂を支払ったからだと聞いています」

「賄賂だけならば可愛らしいことですけれど、それ以外にも……」

「それ以外?」

「男性にいうことを聞かせるためにできることは全てでしょうね。金と、女と、お酒と……」

「いやらしいこと。そんな男の血が混じるリリステラ様が、国母になっていいのかしら」


 耳を塞ぎたいような噂話だったけれど、私はそれがおそらく真実であることを知っている。

 恥ずかしくて、消えてしまいたかった。

 ──私はどうしてここにいるのだろう。

 

 苦しくて、ただ立っているだけなのに、背筋が寒々しく冷えた。

 どうして私は、生まれてしまったのだろう。


 誰にも迷惑をかけず、誰の目にも触れずに──消えてしまいたい。 


「リィテ……眠ったか?」

「……ん」


 優しい声に揺り動かされるように、悪夢の中から目を覚ました。

 嫌な記憶が、背中にべっとりと張り付いているようだった。


「大丈夫か、リィテ。うなされていた。怖い目にあったからだな」


 アルベール様が、ベッドサイドに座って私を覗き込んでいる。

 頬を撫でられ、涙のにじむ目尻に口づけられた。

 

 私は頬に触れるアルベール様の手に、自分の手を重ねる。

 頬を摺り寄せると、アルベール様は愛し気に私の額に口づけた。


 ここは、もうエルデハイムではない。

 わかっているけれど、勝手に体が震えてしまう。それに気づいたように、アルベール様は私の体を、覆いかぶさるようにして抱きしめてくださった。



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