星見塔の襲撃
コルフォルが小気味良く音を立てながら、階段を降りていく。
私はスタルーグさんと共にそれを追った。
コルフォルの小柄な背中を眺めながら、ルーゼと彼らの関係について考える。
スタルーグさんたち星見の方々の言っていることが正しければ、ルーゼは自らがうみだした家族であるネクロムに裏切られたということになる。
ルーゼが生み出した存在なのにルーゼに歯向かう意思を持つというのも不思議ではあるけれど──。
(でも、私たちも同じね。私にはお父様の血が流れているけれど、お父様は私を愛さなかった。私はお父様が亡くなっても、心を痛めていない……)
親子であっても、そこに愛情がないこともある。
逆に、愛情があるからこそ──それが憎しみに変わってしまうこともあるのだろう。
父は義母を愛していた。愛していた──はずだ。
けれど、義母はおそらくは父の命令によってルーファン公爵家で殺されていたのだという。
(私のお父様は、残酷で、酷い人。私はお父様のことが、怖い)
父について考えると、おぞましさと恐ろしさが先にたつ。
心の傷は未だに残っている。
アルベールに出会うまでは、消えてしまいたいと願う夜のほうがずっと多かった。
「スタルーグさん。苦しみや悲しみは、星々に比べれば小さなものでしょうか」
「そんなことはありません。人の痛みとは、人によって様々です。小さな擦り傷が膿んで全身に毒が回って命を落とすことだってありますよ」
「……そうですね」
「小さな傷がかさぶたになって、すっきり傷跡が消えるまでは長く時間がかかります。傷が多きれば大きいほどに傷跡は残るものです。いつかは過去になる……なんて耳障りのいい言葉です。不意に思い出して苦しむ人のほうがずっと、多いでしょう」
スタルーグさんは、快活で陽気な人のように見えた。
けれど彼にも──何か、消えない傷があるのだろうか。
スタルーグさんは振り返る。ちらりと私の顔を見て、困ったように笑った。
「何があったのか気になる顔ですね、リリステラ様。実は……僕が幼い頃、僕の弟は魔獣によって殺されたのです。僕が弟を村の外に連れ出したせいで。僕の家は父が早くに亡くなり貧乏でしたから、魚を釣って母を喜ばせたかったのですね」
「……そんなことがあったのですね。……お辛いことを聞いて申し訳ありません」
私の前を歩くスタルーグさんの顔をうかがい知ることはできない。
けれどきっと、苦しいだろう。
胸に針が刺さったように、ちくちくと痛んだ。
フェデルタは広い。魔獣の被害を一人も犠牲を出さずに全員を守ることなんて、とてもできない。
「もう何年も前の話ですから。母は、僕を罵りました。そのうち病気で亡くなり、僕は一人きりに。……星見になったのは、そんな経緯からです。ルーゼと魔獣の神秘を解き明かして、魔獣を消し去りたい。魔獣など、いなければいないほうがいいのですから」
「それは……私も、そう思います。フェデルタの皇帝陛下の双肩にかかる負担は……とても、大きなものです。とても一人きりでは抱えきれない重みを、アルベール様は抱えて立っていらっしゃいます。もしスタルーグさんの望みが叶えば、きっと……」
「ありがとうございます。でも、ルーゼの恩恵もこの国は受けていますから。尽きない炎も、清浄な水も、肥沃な土地も、燃料として優秀な魔晶石も、他国を圧倒する武力も。全てはルーゼがいるからこそです」
「……ええ。そうなのですよね、きっと」
当たり前にある神秘の力を失えば、人々の暮らしはたちいかなくなってしまうかもしれない。
確かにそれはそうだ。
フェデルタは豊かな国だ。けれど、エルデハイムと同じように問題も抱えているのだろう。
アルベール様を支えるために、何ができるのだろう──。
「リリステラお姉様、ごめんなさい、眠くなってしまったのです」
「フレア、おはよう。大丈夫よ、よく眠れた?」
階段を降りると、星見たちに連れられて、フレアが眠そうに目を擦りながらやってくる。
コルフォルはフレアの元に走っていった。
フレアはコルフォルを抱きあげて、ふわふわの体毛に顔を埋める。
「よく眠れました。ここにくると、眠くなってしまうのです。スタルーグのお話は、眠くなるのです」
「それはもうしわけありません。話が長いのは僕の悪いところですね。つい、熱が入ってしまって」
「とても楽しくお話を聞かせていただきました。ありがとうございます、スタルーグさん」
「光栄です、皇妃様。まだぜひ、いつでもいらしてください」
スタルーグさんと挨拶を交わしていると、星見塔の外から妙に騒がしい声が聞こえる。
スタルーグさんは眉をひそめた。扉が開かれ、星見が駆けこんでくる。
「スタルーグ様、魔獣が……!」
「──リリステラ様、フレア様、ここでお待ちを」
魔獣という言葉に顔色を変えて、スタルーグさんは外に出ていこうとする。
私は、怯えるフレアを抱きしめる。
外には、ルディとシフォニア様がいる。グリーフシード家の護衛兵の方々がいるとはいえ──。
私は、魔獣を見たことがない。
それはエルデハイムにあふれて、人々に大きな被害をもたらしたのだという。
魔獣から人々を守る兵士たちは、ラウル様によって王都に集められていて、誰も人々を守らなかった。
エルデハイムの兵士たちは、魔獣から人々を守ることができる。
でも──。
「フレア、ここにいてください。コルフォル、行きましょう!」
「リリステラお姉様……っ」
「アルベール様はコルフォルを託してくださいました。だから、大丈夫です」
コルフォルが私を見あげて、それでいいというように頷いた。
私はフレアを星見の方々に託して、コルフォルを連れて外に出る。
スタルーグさんを中心に、武器を持った星見の方々が魔獣と戦っている。
魔獣は、闇を煮詰めたような黒い姿をしている。
私を倍にしたぐらいの大きさで、その形は様々だ。翼のある鳥のようであったり、四つ足の動物のようであったり、人間のようであったり。
「──こんなに」
「リリステラ様、お戻りを!」
剣を持ったスタルーグさんが、私の前に出る。私を守ってくれようとしている。
魔獣は、森の中から次から次へと湧いて出てくるようだった。
「こんなことは、今までありませんでした。王都はルーゼの力に守られている。火分けの炎は街を守ります。魔獣は聖なる炎には近づけないはず……!」
フェデルタの各街には、アルベール様が火分けを行った、ルーゼの力で齎される神聖な炎がある。
確かにそれは街を守るものだと聞いたことがあった。
結界の役目を果たし、魔獣はそれを嫌い街には入り込めないのだと。
けれど私の目の前には今、確かに魔獣の姿があった。




