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星見鏡と星の神話



 その鉄の塊は、私の体よりもずっと大きい。円柱状をしていて、空に対して円柱の先端が広がっている。


「これは、星見鏡といいます。フェデルタの神秘によりつくられたもので、こちらを覗くと星がはっきり見えるのですね。見てみますか? 今は昼間ですから、星は見えませんが月は見えますよ」

「いいのですか?」

「ええ、どうぞ」


 スタルーグさんに促されてのぞき窓から覗くと、視界いっぱいに空が広がった。

 白い月が、いつもよりもずっと近く見える。

 大きな円形をしていて、真っ白で綺麗だ。表面は思ったよりもでこぼこしているように見えた。


「……っ、わぁ、すごい……」

「すごいですよね。星々を見ていると、人間など小さな存在だとつくづく思い知らされます」

「……そうかもしれませんね」


 空は広く、どこまでも広がっている。

 それに比べて──私たちはとても、小さい。


「こうして空を見ていると、悩みなんてなくなってしまいそうです」

「そうでしょう、そうでしょう。悩み多きことこそ人間の証とも思いますけれどね」

「……私は悩んでばかりですから、そうおっしゃってくださると、すこし安心します」

「何も悩まない皇帝妃様などかえって不安になりますよ。他国から来たのですから、余計に悩むことも多いでしょう。皇帝の権能も、幻獣たちも魔獣も、他国にはないものですからね」

「フェデルタの皇帝陛下が、他国を守ってくださっていたからですね。私たちはそれを忘れて、安全を享受していた……」


 スタルーグさんは優しく笑うと、私をテーブルに案内してくれた。

 私が椅子に座ると、スタルーグさんは私の前に両手でやっと抱えられるほどの大きな本を持ってくる。

 ページをめくると、そこには点と点を繋いだような絵が描かれていた。


「これは……ルーゼ?」

「そうですね。この形は、ルーゼ。私たちはルーゼを、空から来たものだと考えています」

「空から来たもの、ですか?」

「ええ。空には幻獣を表す星々、これは星座と呼んでいるのですが。星座が、あります。かつてルーゼは星々の間をさまよっていた。そして、この星に落ちてきた」

「星……? 私たちの居る場所も、星なのですか?」

「そう考えています。大きな一つの水槽の中で泳ぐ、小魚の一つ。小魚は星々、私たちの住む場所もその一つ」

「……そんなこと、考えたこともなかったです」

「こんなことを口にしたらかつては異端だと言われて、嫌われていたのですけれどね。最近では、笑われる程度ですんでいます」


 私は本の絵を指で辿る。

 黒く塗られた丸は、星の一つ。その星たちがルーゼの姿を形作っている。


「私たちは、ルーゼが先にあって、私たちがうまれたと考えていますが、本来は私たちがさきにあって、ルーゼがやってきたのではないかと思うのです。ルーゼは星からの使者。力のある不死の獣。ルーゼ以外の幻獣たちは、実際にいる動物と姿がよく似ているでしょう?」

「……ええ、確かに」

「それは大昔、ルーゼが作りあげた彼の家族ではないのかと」

「家族……」

「ええ。とある理由で星から落ちてきたルーゼは、家族をつくった。それが幻獣。……だとしたら、ルーゼは幻獣ではなく、星獣。もしくは神獣とでも呼ぶべきでしょうか? ともかく私たちはそのように考えているのですが」

「どうしてルーゼは落ちてきたのでしょう?」

「それは……星の神話の話になりますね」


 スタルーグさんは、私に星の神話を教えてくれた。

 それはルーゼの話であったり、そのほかの星を泳ぐものの話であったりした。


 星を泳ぐ獣には、悪いものといいものがいる。

 ルーゼは悪いものに負けて怪我を負い、この星に落ちてきた。

 水と緑にあふれるこの星をルーゼは気に入って、怪我を癒やすことにした。

 

 ルーゼは体を癒やさせてもらった恩返しのために、星に力を与えた。

 力を星は受け入れたが、ルーゼの力の弊害で、魔獣がうまれてしまった。


 ──そんな話だった。


「他の幻獣がルーゼの力からできたものだとしたら、ルーゼがいなくなったら、他の幻獣たちも……」

「消えてしまうでしょうね。きっと。私たちはそう考えていますが、何が真実なのかはわかりません。そう考えている、というだけです。そして、より多くの者がそれが真実だと思えば、それは真実になってしまう。例えばここに赤い花がありますね」

「はい」


 スタルーグさんは、テーブルの上の花瓶を示した。


「これが、皆が青だと思えば、青い花になってしまうのです」

「赤いのに?」

「ええ。皆が青だと思えば青になる。真実などそんなものです」

 

 私は頷いた。

 確かにそれは私にも身に覚えがある。

 かつて、皆が私を罪人だと言った。私のことなど誰も信じてくれなかった。

 ──私の真実に気づいてくださったのは、アルベール様だけだった。


「ですから私たちは考え続けます。本当の、本物の真実を探すために。星を観察して、空の向こう側には何があるのかを考えるのです。生きているうちに答えがでないことでも、誰かが私たちの考えを引き継いで、受け継いでいってくれるでしょうから」

「それは……とても、素敵な考え方ですね」

「ルーゼに直接聞けたら早いのでしょうけれどね」

「……ルーゼの悲しみが、飢えが、いつか癒えるといいのですけれど」

「星を往く獣は孤独でしょう。愛を欲する気持ちも、まぁ、わからなくはないですがね」


 かなり話し込んでしまったようだ。

 いつの間にかやってきた、コルフォルが私の膝にするりと乗った。

 フレアが起きたと知らせにきてくれたのだろう。




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