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星と幻獣



 ◇


 お城から星見の丘までは馬車で小一時間程度の距離がある。

 菓子や軽食を食べ終わるともう昼過ぎだった。フレアは本来お昼寝をしている時間だ。

 けれど今日はピクニックだからと、無理をしていたのだろう。

 眠らないように我慢をしていたフレアは、ルディやシフォニア様にボート遊びに誘われて困り顔をしていた。

 

 多分ボートが怖いのだろう。けれど、怖いとは言いたくない。

 幼いながらにアルベール様に似て頑張り屋さんなフレアを、私は星見の塔に誘った。

 

 塔に興味があったということもあるけれど、ボートに乗らない口実になるかなと思ったのだ。


「……ふぁ」


 けれど、それは失敗だったかしら。

 休憩用に敷いた布の上で、膝枕をしてあげていればよかったわね。

 フレアは眠そうに目を擦っている。


 私たちの前に突然現れた男性が、そんなフレアの様子を見て「あはは」と笑い出した。


「どうやら姫君はおねむの様子だ。少し休んでいかれますか? あなたは、リリステラ皇帝妃様ですね」

「はい、リリステラともうします。あなたは……」


 皇帝妃と呼ばれるのは、まだ少し戸惑ってしまう。

 アルベール様と正式に婚姻を結んでからもう一月以上経っている。そろそろ慣れなくてはいけない。


「私はスタルーグ・ジェミニともうします。星見の塔の星見長をしております」

「はじめまして。よろしくお願いいたします」

「これはこれはご丁寧に。ところでフレア様は私の顔を見るとすぐに眠くなるようなのです。休憩所がありますから。少し休憩していってください。せっかくですから、星見台も見ますか?」

「見学させていただけるのですか?」

「もちろん!」


 私はスタルーグさんと一緒に星見の塔に入った。

 塔の中央には、最上階まで続く螺旋階段がある。外壁には研究部屋や、星見たちの私室があるのだという。

 星見の方々はスタルーグさんと同じような、白いローブを羽織っている。

 年齢も性別も様々で、若い女性もいれば年嵩で髭をたっぷり蓄えたご老人もいらっしゃる。


「フレア様はこちらに」


 スタルーグさんに手を引かれたフレアは、一階の休憩所に入った。

 天井からは星や月の形を模した金色の金属でできた天井飾りが沢山つるさがっている。

 

 ランプに照らされると、それらがきらきらと輝いて、部屋に星や月の影を落とした。


「これ、みているととても眠くなるの……」


 フレアはベッドに横になると「おやすみなさい」言った。

 私はフレアの額を撫でて、お腹のあたりをぽんぽん叩く。すぐに穏やかな寝息をフレアは立て始めた。

 

「一時間もすれば、目が覚めるでしょう。この天井飾り、いいでしょう? まるで星の中にいるようで」

「はい、とても素敵です。寝室にひとつ欲しいぐらいで」

「ではさしあげましょうか。アルベール皇帝陛下と王妃様へのささやかな結婚祝いです」

「いいのですか?」

「もちろん。天体に興味を持っていただけるのは、嬉しいことです。人によっては、無駄な研究だと笑ったりもしますからね」


 私はスタルーグさんと一緒に、中央にある螺旋階段を登っていく。

 一段一段が低いので左程大変ではないが、空に届くのではないかというぐらいに高いので、ある程度登って足元を見下ろすと、あまりの高さに首筋がひんやりした。


「私がかつていた国では、星の研究はされていませんでした。だから、どんなことを研究しているのかよく存じあげなくて。何か失礼があったらおっしゃってくださいね」

「王妃様は、とても真っ直ぐな方ですね。その言葉だけで十分です」

「いえ、本当にそう思っていて……」

「あなたが真剣だということは、声を聞いていればわかります。星の研究とは、そうですね、私たちは何か、幻獣とは何か、魔獣とは何かを探る旅でもあります」

「それは……とても、幻想的です」


 星を見て、そんなことがわかるのだろうか。

 でも──永遠を生きる幻獣たちはどんな存在なのかを知ることができたら、もしかしたらルーゼの飢えもいつかは消えるかもしれない。


「そうでしょう、そうでしょう! それに、暦や日にちも、星を研究すればこそできあがったものなのです」

「そうなのですか……?」

「リリステラ様の国……旧エルデハイムに暦や日にちについてを伝えたのも、フェデルタだと記録が残っていますね。旧エルデハイムには、そういったフェデルタとの交流の記録はどうやら残っていなかったようですが」


 私は階段をのぼりながら頷いた。


「旧エルデハイムは……フェデルタへの恩を忘れていました。守ってもらうことへの恩も、なにもかもを。フェデルタの恩恵はいつでもそこにあるのが当たり前になってしまい、感謝の気持ちは消え失せていました。ルーゼの恩寵も、魔獣のことさえ忘れてしまっていたのです」

「そうらしいですね! まぁ、所詮は人間、忘れながら生きていく動物です。私など、昨日の夕食でさえ思い出せませんから」

「そういわれてみれば、私も……」

 

 何を食べたのか、思い出そうとしないと思い出せない。

 昨日は確か──。


「王妃様、夕食の話はいいのです。冗談ですから。でも人は忘れるでしょう? そのために学問があるのです。文字があり、記録書がある。何かを書き残し、何かを研究し、学んでいく。それは人が人である証だと、私などは考えています」

「人である証ですか……?」

「はい。伝聞はいつか形を変えます。伝承は真実とは限りません。文字に残ったことでさえ、そこには嘘があるかもしれない。だからこそ考え、学び、足掻き、残すのです。それが人の生きた足跡。そのための研究者です。まぁ、皇国の金食い虫です」

「そんなことは」

「ないのですけどね!」


 明るく笑って、スタルーグさんは最後の階段を登り切った。

 その先には、森を見下ろすぐらい高く空に近い屋上と、不思議な形をした何かの、大きな鉄の塊が置いてあった。




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