フレアの冒険 3
焼き菓子を食べたあと、私はリリステラお姉様と一緒に森に向かいました。
「星見の塔はこの道をまっすぐいった先にあるのです。森は迷いやすいですから、遠くにいかないでくださいね」
「気をつけますね、フレア」
ルディお姉様とシフォニアはボート遊びをするのだそうです。
ボートはこわいのです。落ちてしまうかもしれませんから。
どうしようかと思っていると、リリステラお姉様が「星見の塔に案内してくれますか、隊長」と言ってくれたので、私はほっとしました。
ボートに乗らない理由ができてよかったです。
リリステラお姉様は、コルフォルを片手に抱いて歩いています。
私は左手を、リリステラお姉様とつないでいました。
星見の塔がある森は大きくて深くて少し怖いのです。
私は何度か、お父様と一緒に、『しさつ』に来ていたので道を知っていますが、リリステラお姉様が迷ったら大変です。
隊長として、リリステラお姉様を守らなくてはいけません。
「そういえばリリステラお姉様」
「はい、どうしましたか?」
「悪い男の人とは、どんな人ですか? ガウェインは、悪い人なのでしょうか」
「……それは……難しい質問ですね」
リリステラお姉様は少し困ったように、黙ってしまいました。
「たった一人の人を好きになる人もいれば、そうではない人もいるといえばいいのでしょうか……」
「お父様も、アルベールお兄様のお母様が亡くなってしまって、お母様と結婚をしました」
「それは悪いことではないのですよ。誰かを失ってしまった時に、新しく愛する人ができるのは……私にも、アルベール様と出会う前には婚約者がいましたから」
「それは悪い人です! フレアは知っていますよ、ひどいことをしたのですよね?」
「……そうですね。でも……悪いのは彼ではなく、私の父だったのかもしれないと思います。私の父が、彼の運命を歪めてしまったのかもしれないと」
リリステラお姉様は悲しそうです。
私はお姉様の腕にぎゅっとしがみつきました。
「フレア、ごめんなさい。少し、思い出してしまって。ガウェイン様は悪い人ではないと思いますよ。女性がお好きだったのでしょうが、今はシフォニア様を奥様に迎えていますし」
「フレアは、うわきをしない男の人がいいです!」
「そうですね。私もそれは賛成です」
私は、アルベールお兄様やキルシュお兄様のような、優しくて格好いい人と結婚したいのです。
そういう人が、いるといいのですけれど……。
「幻獣に、人のような感情があるのなら、コルフォルも恋をするのでしょうか」
「コルフォルは男性ですか、女性ですか」
そんなことをリリステラお姉様が言うので、私はコルフォルの顔を覗き込みました。
コルフォルはぱちぱちと瞬きをして、軽く首をふりました。
「コルフォルは、ずっとずっと生きているのですから、私よりもずっとおじいちゃんですね」
「永遠の時を生きるというのは、どんな感覚なのでしょう。それはもしかしたらとても、寂しいことなのかもしれません」
「長生きが寂しいのですか?」
「ルーゼは、寂しいと思っていたのかもしれませんね。コルフォルは、どう感じているのかはわかりませんが」
それは少しむずかしい話でした。
私は、長生きができるのならすごく嬉しいと思うのですけれど。
「長生きをすれば、そのぶん美味しいお菓子を食べることができますよ、お姉様」
「ふふ、そうですね。そういう考え方もありました。どうにもいけませんね、私は少し、後ろ向きなところがあるみたいです」
「そんなことはありません。お姉様はいつも優しいです」
「ありがとう、フレア。生きている間に、できるだけ美味しいお菓子をたくさん食べたいですね。それから、フレアたちともたくさん遊んで……」
「お兄様とも遊んでくださいね、お兄様が怒ります。しっとぶかい、とは、そういうことですよね?」
「あはは。そうですね、フレア。アル様ともたくさん、時間を共に過ごしたいです」
お姉様が珍しく、声を出して笑ってくれたので、私はとても嬉しい気持ちになりました。
お父様たちが言うのです。
リリステラお姉様は、知らない土地に来ました。
知り合いもいないし、言葉も文字も違う。
それはとても大変なことだと。
私はリリステラお姉様が大好きですから、笑っていてほしいと思います。
歩いて行くと、道の先に開けた空間が現れました。
空まで届きそうなほどに高い塔が急に現れるので、私はいつもびっくりしてしまうのです。
「フレア隊長、ご案内ありがとうございました。これが星見の塔。すごく大きくて、高いのですね」
「星を見るのですから。屋上に、星見台があるのです。星見たちは、毎日星見をしてすごしているのですよ」
「星は好きです。でも、星を見て何かを研究するということは、私の国ではなかったですね」
「それはなんとも勿体ない!」
大きな声がして、塔から男の人がやってきます。
片方の目に眼鏡をつけていて、背が高い黒い髪の男の人です。
星見長のスタルーグです。
どうして私たちがここにきたことがわかったのでしょう?
塔は高いですから、道を歩いているところが見えていたのかもしれません。
スタルーグの顔を見ると、私は眠たくなりました。
だって、スタルーグは話が長いのです。
以前も、星の話をお父様と一緒に聞きましたが、私は途中で眠ってしまったのでした。




